Episode1~絶望~



赤く………紅く…………

白んだ月が

真っ赤な狂喜に染まる……


「じゃあね。今日はありがとう。ハンス」
「大丈夫か?送るぞ?」
「いいわ。近いし。それより、明日早いんでしょ?早く休まなきゃ」
「…ふ。済まないな、エナ」

漆黒の闇が広がる深夜。
古いアパートから出てくる男女。ハキハキとしゃべるさっぱりした女性が、二メートル近い身長の男性と別れを交わしていた。

「もう、気にしないでよ。貴方は軍人さんなのよ?寝不足で遠征なんて行けないでしょ?」
「……だがな。いつも飯作りに来てくれるのに、何もしてやれないから」

ハンスは軍人で、毎日厳しい訓練ばかりな上、いつ何時何があるか分からないため、一日休みなんて取れない。しかも、『外食は栄養バランスが悪いから』と毎日食事を作りに来てくれていた。申し訳ない、と頭を垂れるハンス。そんな彼の恋人であるエナは、優しい笑顔を浮かべる。

「私はね、見返りが欲しくてやってる訳じゃないわ。食事だって私が勝手にやってるだけだし。じゃ!またね」
「ああ……」

明るい笑顔で手を振りながら、暗闇へ消えていくエナを、心配そうに見送っていた。強引に追いかけ送ろうかと考えたが、彼女の言うとおり、明日の遠征の為早めに休んだ。




………しかし、ハンスはこの判断を後に後悔する事になる………。



次の日、外が騒がしいので目が覚めた。
何人もがアパートの前で騒いでいる。

「昨夜、裏の路地に………」
「身元は……………」
「首と腹を裂かれて……」

どうやら外で騒いでいるのは役人で、昨晩誰かが殺害されたようだった。気の毒に…と思っていたハンスだが、ある言葉に反応する。

「アルマ通りの花売りの女性だ」


耳を疑った。
アルマの花売りなんて一人しかいない。

「……エ……ナ………」

恐らく昨晩、ハンスと別れた後、帰宅途中で襲われたのだろう。
ハンスは激しく後悔した。あの時、強引にでも付いていけば……エナを助けられたかもしれない。

「エナ……済まない。必ず仇は討つ」



………エナの死から数日後、仇討ちの機会が訪れた。ハンスは、エナが死んだその現場で犯人と鉢合わせた。

「貴様が、貴様がエナを…」
「…………ふ」

犯人は黒づくめのため、顔もはっきり見えないが、笑ったのが分かった。

「っ!何がおかしい!?」
「………愚かな……」
「貴様あ!!」

犯人にハンスが飛び掛かるが、あっさり交わされる。それにもめげず、再び向かって行ったその時、


ざしゅ…………
ぶしゃああ!!


「う、うわあああああ!!」


目を抑えうずくまるハンス。その手の間からは真っ赤な血がしたたり落ちる。

犯人は、向かって行ったハンスに、持っていた刃物を振り抜いたのだ。

のたうちまわるハンスを、一瞥すると犯人は逃げて行った。




ハンスは叫び声を聞き付けた町人に助けられ、病院に運ばれたが、切り付けられた両目に光りが戻る事はなかった。

絶望から闇の底にたたき付けられたハンスは、軍人をやめた。



涙なんて……枯れ果てた。あるのは、犯人への怒りのみ………。
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