別に淋しくなんかない…
淋しくなんて……


《母と私》





ゴメンね美鈴……それが母の口癖だった。私の両親は半年前に離婚した。理由は知らない。多分、聞いても教えてはくれないだろうし、別に知りたくもない。


「美鈴、ちょっといい?」
「ん?何?お母さん」

いつものように夕食が終わってから、宿題をしようと自室へ向かおうとした美鈴を、母が呼び止めた。

「どうしたの?」
「あ……うん、あのね。落ち着いて冷静に聞いてほしいの」
「?」

何故かはにかみ、なかなか言おうとしない。元々のんびりした性格の母。よくど忘れしたり、トンチンカンな事をやったりとかなりのおっちょこちょいだった。今回もきっと、些細な失敗を詫びるためだろうと、美鈴は特に何も構えてはいなかった。しかし、母が言った言葉は予想を遥かに上回るほど、衝撃的だった。

「お母さんね、再婚する事にしたの」
「…………は?」
「お母さんの学生時代のクラスメートでね。優しくていい人よ」
「いや、あのそうじゃなくて、」
「美鈴もきっと好きになるわ!だから……」
「ま、待ってよ!」

あまりに突然の事に、美鈴は話を進めていく母にストップをかける。

「美鈴?」
「あ、あのね?まだ離婚して半年だよ?お父さんに申し訳ないって思わないの?」
「う……;でも、お父さんだってきっと」
「私、昨日電話したときに聞いてみたもん。一人で頑張ってるって言ってたよ!?」
「!!……美鈴…」

悲しそうな顔をし、美鈴を見つめる母に、美鈴は幾分か声を和らげる。

「でも、再婚には反対する気はないよ。お母さんの自由にして」
「!!い、いいの?」
「うん。私は平気だから」
「ありがとう!美鈴!!」

母は心底嬉しそうに笑った。それを見て思わず笑みがこぼれる。今まで朝から晩まで働きづくめで、おまけに家事にも追われて、肩の力を抜く事も出来なかった母に、精一杯育ててくれたせめてものお礼にと再婚を承諾した美鈴。


しかし、その事が悲劇の幕開けになるとは、その時の美鈴は夢にも思わなかった。



再婚を承諾した直後、母が何者かに殺害されたのだ。
遺体は無残にも切り刻まれ、猟奇殺人だと大騒ぎになった。
あまりに突然過ぎる母との永遠の別れに、美鈴は泣くことが出来なかった。ほんの数日前まで普通に過ごしていたのに……。美鈴が帰ってくると、手料理を用意して『おかえりなさい』と笑顔で迎えてくれたのに……。ようやく幸せを掴んだのに………。
悲しいより悔しかった。何故母が殺されたのか。誰が殺したのか。なんの目的だったのか……。真相は未だ闇の中だ。


母の葬儀が終わり、遺品を整理していた美鈴は、自分名義の銀行の通帳を見つけた。なんとなく中を見てみると、かなりの大金が記されていた。困惑しながらも通帳の一番後ろを調べてみると、一枚の紙が挟まっていた。そこには……


―十年後の美鈴へ―


と書かれていた。

それを見た途端、今まで一滴も出なかった涙が溢れだし、初めて声を上げて泣いた。母は、美鈴が成人した時に渡そうと、少ない稼ぎの中からコツコツと美鈴の名義の口座に貯めていたのだ。暫くの間、美鈴はただただ泣いた。

…………………―
………………―

―ピンポーン…―


母の死から一月が経とうとしていたある日、来客が来た。

「こんにちは」
「あの…どちら様ですか?」
玄関には見知らぬ男性が立っていた。変に笑顔で身なりもだらしない。そんな男が我が家になんの用なのかと警戒していると、男は思いがけない事を言い出した。

「円香の娘ってキミの事かあ……いやあ、お母さんにソックリだねぇ…」

頭の先から足の先まで、無遠慮にジロジロ見てくる男に、美鈴は嫌悪感を抱いた。それが顔に出ていたらしく、男が苦笑いをする。

「ははは……あ、そうだ。ちょっとお邪魔するよ~」
「あ、ちょっ、ちょっと!勝手に入らないで!」

男は当たり前のように靴を脱ぎ、家に上がり込む。美鈴も慌てて後を追うと…

「お!ここかなあ?」
「あ、ダメ!」

母の仏壇のある部屋にたどり着いた。男は美鈴の制止を完全に無視し、手を合わせるワケではなく、なんと母の引き出しを漁り始めた。これはヤバいと思った美鈴が男につかみ掛かる。

「やめてよ!何してるの!警察呼ぶよ!」
「うるせぇな……どけガキ!!」

―バキッ…―

「ぐっ…」

男は思い切り美鈴の顔を殴った。美鈴が床に転がり痛みに呻いていると、男が近づき、腹を力一杯蹴り上げた。

―ボコッ…―

「あ゛…うあ……ゲボッ」

大量の血を口から垂れ流し、ぐったりと倒れ込む美鈴を無視し引き出しを漁り、

「みーつけた(笑)」

男が手にしていたのは、母が残してくれた美鈴名義の通帳。それを懐に仕舞うと軽い足取りで家から出て行った。
意識が朦朧とする中、何故か確信できた。あの男が母の再婚相手で……母を殺した張本人だと。だってあの男は美鈴が娘だと知っていたし、お金がある事も知っていた。


―ユルサナイ…―



美鈴は意識を手放す瞬間、ある儀式を思い出した。憎い相手、赦せない相手を悪夢に閉じ込めるあの儀式。


《ナイトメア》




次の日、学校を休んだ美鈴は、儀式を執り行った。
迷いなんてない。母を殺し、財産まで奪い取り、のうのうと生きているあの男を悪夢へたたき落としてやる……そう決心した美鈴の心には母の悲しそうな顔があった。



《母と私》



END
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