某交流所にて、藤道さまにかいていただきました!!
琥珀と要の初デートのお話です!

要の乙メンぶりに注目!

CAST:琥珀、要




 静かな空間に、紙が擦れる音が響く。音の元には、カウンター奥の椅子に座っている琥珀。彼女は紙面を見つめながら、時折、うっとりと目を細めていた。



 と、その時。彼女を照らしていた光が一瞬だけ消える。



「え?」



 不思議そうに上を向く琥珀。すると今度は、光が点滅し始めた。そして、光っている時間が目に見えて短くなっていく。



 「はぅ……」というため息混じりの呟きと共に、彼女はおもむろに立ち上がる。かと思えばその場にしゃがみ、カウンターの戸棚に手を入れた。







「こ、琥珀……! おお、おまっ何やってんだー!」



 よろず屋に要の叫び声が響き渡る。茹でダコのような顔に、視線も泳いで落ち着きがない。だが定期的に、ある一点を見つめていた。



 一方の琥珀は電球を片手に、今まさに椅子に乗ろうと足を掛けている。彼女は不思議そうに首を傾げると、電球を持つ手をひょいと上げた。



「何って……電球を取り換えようと思いまして」

「それは見れば分かる! 俺がやるから貸せ!」



 要は琥珀の電球を奪い取ると、自ら椅子に上り始めた。そして、手際よく作業を済ませる。



 彼の流れるような手つきを見ていた琥珀は、にっこりと笑みを浮かべた。



「ありがとうございます、要くん」

「べ、別に……それくらいどうってことねぇよ」



 照れ臭そうにそっぽを向く要。その時、カウンターの上で開いたままになっていた雑誌の記事が、彼の目に飛び込んできた。それは緑、白、黒を中心とした、落ち着いた色合いのページ。



「和のスイーツ特集? げっ、小豆ばっか……」



 声に出して見出しを見ていた要の顔が、一瞬にして歪んだそれに変わる。嫌いなものへの拒否反応。



 そんな彼に琥珀は眉尻を下げ、小さく笑った。



「今度のお休みに食べに行きたいなって思って見ていたんです。そういえば、要くんも同じ日にお休みでしたよね。何をするか決めていますか?」

「オレは久しぶりにツーリングに……」

「バイクですか! 気持ち良さそうですね」



 何気無い、この一言。だが要には、これが絶好のチャンスに聞こえる。ずっと思いを馳せていた、琥珀とのデート。それを現実のものとするため、逸る気持ちを抑えながら、震える唇を必死に動かした。



「だったら……い、一緒に……行く、か」

「はい?」

「だっだから、オレが連れてってやるって言ってんだよ!」

「そ、そんないいですよ! せっかくの休日なんですから、要くんの好きなことに使ってください!」



 琥珀は大きく首を振る。要の申し出は有り難いが、かといって、安易にそれを受けるのは申し訳無い。自分の用事で彼の予定を潰したくないこともある。だが、それ以上に重大な理由があった。



 琥珀が興味を持っている店は、よろず屋があるこの桜花町からは、電車を使わなければならない程に離れた場所にある。その上、要が苦手な小豆を主としたスイーツの店なのだ。



「いいんだよ! オレもそっちに用事あるし……ついでだよ、ついで!」



 引っ込みがつかず、勢いで言ってしまったところで、はたと息を呑む。だが、口を吐いて出た言葉は、二度と引かせることは叶わない。体中に焦燥感が駆け巡る。



 自業自得とはいえ、いつの間にか窮地に追いやられていた要。琥珀はそんなことに気付くはずもなく、さらに彼に追い打ちを掛けた。

「要くんも、ですか?」

「ま、まぁな……その……そうだ、美味いラーメン屋があるって聞いたんだ!」

「そうだったんですか。要くん、ラーメンが好きですもんね」



 疑うばかりかすっかり納得し、朗らかに笑う琥珀。対照的に、口元を引き攣らせて笑う要。



 そんな彼の頭の中では、物凄い勢いで記憶の引き出しが開け閉めされていた。咄嗟に吐いた嘘を真実にするために。











 琥珀、そして要の休日。その日は偶然にも平日で、人出も比較的に少ない。出掛けるにはうってつけだ。加えて、澄んだ青空が広がっている。



 彼女は玄関の前で気持ち良さそうに、優しく撫でる風に身を任せていたかと思えば、くるりと振り返った。そして、バイクのエンジンをかけている要を見つめる。



「要くん、今日はよろしくお願いします」

「あぁ」



 要は琥珀にヘルメットを手渡す代わりに荷物を受け取ると、自分のそれと共にリアボックスに仕舞った。これで準備万端。そして、楽しそうに笑みを溢す琥珀へと視線を移す。



 今日の彼女は、デニムのパンツにショートブーツという出で立ち。スカートでバイクに乗るのは、安全面からも要の精神的にも都合が悪い。万が一の時のために肌の露出は避けるべきということ、そして、風に煽られてヒラヒラと舞ってしまわないかと焦ってしまうからだ。もっとも、後者は口が裂けても言えないのだが。



「さて、そろそろ行くか」

「はい! それで、あの……ここに乗ればいいですか?」

「あぁ」



 要の後ろに琥珀が跨がり、彼の腰に腕を回してしがみ付く。その瞬間、彼の心臓は跳ね上がった。



 高鳴る鼓動が伝わってしまうのではないか、と思う程に体が密着する。布越しに感じる体温に、否が応にも熱が上昇していく。



 デートに誘うことで頭がいっぱいになり、失念していた。彼女をバイクに乗せるとは、こういうことなのだ。



 だが、今さら後には引けない。雑念を捨てて集中しなければ。この気の緩みが原因で事故を起こし、琥珀に怪我を負わせたとなれば、どうなるか。



(耐えらんねぇし、命も無ぇよな……)



 鬼の形相をしたよろず屋メンバーが頭を過る。要はそっと目を閉じ、深く息を吐く。そうして前を見据え、バイクを走らせた。











 無事に目的地に到着し、ラーメンとスイーツを堪能した二人。だが、このまま帰るには日が高過ぎる。そこで、バイクを駅前の駐輪場に停め、商店街を散策していた。



 平日の昼下がりということで、夕飯の買い物に来た主婦たちで賑わうアーケード街。至るところから客引きの声が聞こえ、活気に満ちていた。ここに学校帰りの学生が加われば、さらに賑やかになることは想像に難しくない。



「……ん?」



 後ろから何かがぶつかった感触を覚え、要が振り返る。そして、急に立ち止まった彼を不思議に思い、琥珀も後ろを向いた。



 そこにいたのは、幼稚園児くらいの男の子。その顔は、今にも泣きそうに歪んでいる。母親らしき姿も見当たらない。



「僕、お名前は?」



 子供と視線を合わせた琥珀は、にっこりと笑みを浮かべ、優しく声を掛ける。不安な心を解すように。だが男の子は、怯えるように体を竦ませた。



「怖がらなくて大丈夫ですよ」

「ったく、親なら自分の子供ぐらい見とけっての」

「仕方ないですよ。こんなに人が多いんですから。でも、このままじゃ可哀相ですよね」



 琥珀は周囲に視線を巡らせ、もう一度、子供へと戻す。そして頭を撫でながらふわりと目を細め、立ち上がった。

「要くん、あそこのベンチでこの子を見ててもらえますか? 私がお母さんを見付けてきます」

「はっ? どうやって……!」

「子供を捜している女性を捜すんです。きっと、この子のお母さんも不安に思っているでしょうから」



 今度は眉尻を下げた状態で笑みを浮かべ、人混みの中へ消えていく。あっという間に見えなくなった後ろ姿に、要は再度ため息を吐いた。



「……じゃ、あっち行ってるか」



 こくん、と頷く子供の手を引き、要は琥珀に指示されたベンチに座る。そして背もたれに寄り掛かりながら、天井を仰いだ。



 せっかくのデートだというのに、何故、子守りをしなければならないのか。改めて、彼女のお人好しな性格にため息を吐きたくなる。



(まぁ……嫌いじゃねぇけどさ)



 チラリ、と隣に座った男の子の様子を窺う。彼は母親を捜しているのか、人混みの中に視線を泳がせていた。そんな彼に、要はぶっきらぼうに声を掛ける。



「琥珀なら、すぐに母ちゃんを見付けて戻って来るさ」

「……ほんとに?」

「あぁ」



 要が頷いた、ちょうどその時、人の間で銀髪が揺らいだ。琥珀だ。



 そして彼女の後ろを付いて来るのは、見知らぬ女性。切羽詰まった顔をしているところを見ると、子供の母親だろう。



 あらゆる方向から音という音が飛び交う中、女性の高い声が真っ直ぐに耳に届く。すると男の子は跳ねるようにベンチを降りると、一目散に駆け出した。



「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」

「いえ、そんな……! 当然のことをしただけですよ」



 何度も頭を下げながら礼を言う母親と、胸の前で手を振る琥珀。そんな中にようやく追い付いた要と、男の子の視線がかち合う。すると男の子は、初めて笑顔を見せた。心の底から安堵したような、晴れやかな笑顔だ。



「お兄ちゃんの言ったこと、嘘じゃなかったね!」

「何を言ってたんですか?」

「お姉ちゃんが、すぐにお母さんを見付けてくれるって!」

「要くんがそんなことを……?」

「ばっ……お前なぁ、余計なこと言うなよ!」

「だって、ホントのことじゃん」



 大人気なく喚く要に、しれっとする男の子。要に彼を止める暇は無かった。そんな二人を眺めながら苦笑を浮かべていた母親は、再度、琥珀と要に礼を告げると手を引いて去っていった。



 琥珀はというと、軽く目を見開いたまま、その場に立ち尽くしていた。親子が帰って行ったのも気付かないまでに。そして、そのままの顔で要を見つめる。



「要くん……」

「なっ何だよ!」



 知らなかった。彼がそんなことを思っていたなんて。だがそれは、信頼を寄せられているという、何よりの証拠でもある。



 紅い、真ん丸い目に見つめられていると、感覚が麻痺してくる。時間も、平常心も。まるで、不安定な足場に立っているかのようだ。この沈黙も気まずい。



「……おい、何か言えよ!」

「あ、すみません! えぇと、では……ありがとうございます」



 照れているのか、ほんのりと頬を染めてはにかむ琥珀。



 そんな彼女に、要はただただ佇んでいた。急上昇する熱にうなされるように、言葉にならない声を発しながら。
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