葵がよろず屋の従業員になるきっかけの話です。犯罪表現あり。苦手な方はご遠慮ください。閲覧は自己責任でお願いします。


「もう逃げない。もう泣かないって決めたの…」


そう言った彼女の顔は、今までの内気で大人しいそれではなかった。



《真っ白な誓い》




葵はいつも悩んでいた。それは、妹の風花の事だ。
風花は内気で恥ずかしがりな上、かなりの人見知りで人付き合いが大の苦手。 だから、知らない人に出会うと逃げてしまったり、葵が居れば、影に隠れて出てこない。
そんな性格だからか、学校に行くも、友達も出来ず一人ぼっち。終いには不登校になってしまった。

「はあ………;」

ため息が止まらない。

「先輩?なあにため息ついてんですか?」

ふと、背後から声を掛けられ振り返ると、

「あ、桜……」

同じ弓道部の後輩、桜だった。
桜は大家の娘だが、そういう扱いが嫌で、身分素性は一部の者しか知らない。
じつは、実姉が人柱となり幽閉されていたようだ。

…と、その話は別の時にするとして。


「朝練の時から、はああ…はああ…って言ってますね。……あ!分かった!恋の悩みですか?」

桜は、顔をキラキラ輝かせて、ズイッと乗り出してくる。

「違う、違う。恋じゃないよ。……風花の事。」

葵は、苦笑いを漏らし手を顔の前で振る。

「風花…って、先輩の妹ですよね?
その風花ちゃんがどうしたんです?」

桜はそう言うと、葵の前の席の椅子を拝借し座る。

「ん。風花って凄い人見知りでさ。一緒に遊ぶ友達すらいないんだよね。学校も行きたがらないし…」

パックの牛乳をズッと啜って再びため息。

「そうなんですか。……え?今、学校は?」

桜は鞄から、メロンパンを取り出し、食べながら疑問を葵にぶつける。

「行ってない。」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないから、悩んでるんじゃない。」
「そ、そうでした。」

葵が桜とおしゃべりをしているまさにその時、風花は事件に巻き込まれてしまったのだ。

*********************

葵が学校でため息をついていたその時、風花は神社の境内にいた。

 葵と風花の家は神社で、両親は海外に転勤している。なので、今は母方の祖父母にお世話になっている。境内の掃除は当番制だが、葵は部活でほとんど家にいない。すると必然的に、家に居る風花が掃除をすることが多かった。

掃除も一通り終わり、一休みしようと、お気に入りのウサギのぬいぐるみ、ハクを連れて、境内の近くにある公園に向かった。
ハクとは、葵が友達がいない風花のためにと、作った白いウサギのぬいぐるみだ。風花は凄く喜び、どこに行くにも連れて行くほどお気に入り。いつも抱っこしている。
そのハクを抱っこして、公園に着いた時、どこかで小さな子供なのだろうか、騒いでいる声が聞こえた。
「??なんだろ…」

風花は、声を辿りながら歩き回る。
すると…

「いやだあ!お母さん!」
「大人しくしてろ!!殺すぞ!!」

身なりのいい小さな女の子と、その女の子を無理矢理連れて行こうとしている、若い男。

「あ、…どうしよう…そうだ、おじいちゃんに……」

と風花が後退りしたとき、

パキン……

枯れ枝を踏んでしまった。はっとして顔を上げると、
「くそガキ……見たな。お前も来い!!」
「!!!」

がしっと腕を掴まれ、引きずるように連れていかれる。

「……は、離して……い、いや……」

必死で抵抗するが無駄に終わり、女の子と一緒にワンボックスカーに無理矢理押し込まれる。そしてすぐ発進してしまった。
隣で泣きじゃくる女の子につられ、風花は泣きそうになるが、ぐっと堪えハクをギュッと抱きしめる。
もはや、状況は絶望的…。風花は祈るように目を閉じ、一欠けらの希望を込めて
「お姉ちゃん……助けて……」

と小さく呟いた。

夕方、葵が桜を連れて家に帰ると、違和感を感じた。

「……風花がいない……」

いつも、葵が帰ってくる頃には境内の社の前にちょこんと座って、待っているのだが……。

「今日は肌寒いし、家に入ってるんじゃないですか??家の人に聞いてみましょう」

桜は不安気な葵の手を引き、住居になっている屋敷に向かった。

§


ガララ……

「ただいま」
「お邪魔します!」

二人が家に入ると、葵の祖母が迎えてくれた。

「おかえり。ん?葵、風花は?一緒じゃなかったんか?」

その途端、葵の顔が強張る。そんな葵を横目で見てから、葵の祖母に、

「いや、いつもなら境内にいるそうなんですけど、見当たらなくて……家にはいないんですか?」
と聞いてみた。すると

「いや…。あの子が境内の掃除に出てから見てないんだよ。てっきりそのまま、葵の事を待っているんだと………」

祖母がそこまで言った時、ダッと葵が家を飛び出す。呆然としている祖母にペコッと会釈したあと、桜も葵を追って駆け出した。

§
§
§


「……暗くなって来ちゃった……」

一方、風花は女の子と倉のようなところに閉じ込められていた。
風花はハクをギュッと抱きしめ、辺りを見回して見ると、どうやら物置のようで、壷やら皿やら普段使わない農具などが乱雑に置かれている。

「………どうしよ……おばあちゃんたち心配してるよね。……お姉ちゃん……」

光取りの窓はあるが、遥か上。風花が届くはずもない。
はあ…とため息をついて、風花は女の子に振り返る。まだぐすぐすと泣き続けており、自分も思わずジワリとくる。
……この後、自分達はどうなるのか……
生きて帰れるのだろうか。それとも…………………
嫌な考えを振り切るように、首をブンブン左右にふり、近くにあった木箱の前に座り込んだ。
§
§
§


…風花……風花!!
私のせいだ。私がもっと早く帰っていたら……。

葵は自分を責めながら、闇雲に走っていた。
後ろから桜が慌て追い掛ける。

「ちょ……先輩!!葵先輩!!待ってください!!」

桜はようやく葵に追いつき、肩を掴み引き止める。

「は、離して!!風花が!!風花が……私のせいで…」

取り乱す葵に桜は、

「ちょっと落ち着いてください!!居場所もわからないのに、どこに行く気ですか!?」

そう言われ、葵は我に返る。……言われてみればそうだ。

桜は少し落ち着きを取り戻した葵を見て、一つため息を吐くと、

「私、助けてくれる人達がいる場所、知ってるんです。行きましょう!」

目的地は、以前姉の事を助けてくれた人たちのいる所………あの人達ならきっと……いや、必ず風花ちゃんを探し出してくれる。
桜の脳裏に浮かんだ人達のいる場所、《よろず屋》に向かって葵の腕を引き、走り出した。

§§§


 いったいどれ位、時間がたったのか……すっかり辺りは真っ暗になってしまった……。

風花はふと、女の子の方を見ると、眠っていた。
きっと、泣き疲れてしまったのだろう。

……さて、どうしよう……
と、また明かり取りの窓を見上げた時、

「お困りのようだね」
「!!!」

どこからか声がした。風花は、慌て辺りを見回すと、
「こっち、こっち!!あんたの足元!!」
「…え?…」

声に促され、下を見てみると、………………………………ハクが…ハクが二本足で立ち、両手をブンブン振っている。

「……ハク…喋れたの??」
あまりの驚愕の光景に、風花はそれだけ言うのがやっとだった。

「ん~…そうみたいだ。まあ、ずっと風花と話したいって思ってたからかもな!!」

風花はしゃがみ、ハクと目線を合わし、

「…私も、ハクとお話したかった……」

と微笑んだ。
ハクは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねると、

「……なんだ。ちゃんと笑えるじゃないか!安心したぜ。さて!」

と、辺りを見回す。

「脱出しよーぜ!!今頃、ねーちゃんが血相変えて探し回ってんぜ?」

ハクは右手を上に突き上げるようなポーズを取り、風花に呼び掛ける。
風花は、ハクが自分を元気付けようとしてくれているのが分かり、

「……うん!!」

と元気に頷いた。

「よっしゃ!!んじゃまず、武器を調達しようぜ!!……あ、あの箱なんか入ってるかも!」

とハクがテトテトと木箱に近づく。
風花も近づき、ハクの変わりに木箱の蓋を開けてみる。するとハクは箱の中に入り込み、中を漁る。
風花が見守っていると、ブハッとハクが出てきた。

「いいもんみっけ!!ほれ!」

ハクが風花に差し出したのは、剣玉。

「…これ?」

風花がびっくりしつつ聞いてみる。すると、

「あぁ。風花、剣玉得意だろ?刃物とかは危ないし、な。」

風花はさらにびっくりした。

「…あたしが剣玉得意ってしってるの?」
「あたりまえだろ!?いつも見てたんだからな!!」

えっへんと胸をはるハク。
風花は思わずハクを抱きしめる。
……自分は一人ぼっちじゃなかったんだ……お父さんとお母さん。おじいちゃんやおばあちゃん、そして…
「お姉ちゃん……」

ハクは風花の顔をぺたぺたと触る。
風花が腕を緩めると、ハクは風花の腕から抜け、風花の頭に乗っかる。

「さあ!脱出だ!頑張ろうぜ風花!!」
「うん!!」

風花は、ハクに教えられたところを調べてみると、壁が崩れて穴が開いている。風花は、女の子を揺り起こし、逃げ道を見つけた事を教え、女の子の手を引き穴から出た。
倉から出てみると、辺りは鬱蒼とした木々が回りを囲んでいた。
月明かりはあるものの、やはり暗い。
しかも、気味の悪い鳥やら動物の鳴き声が聞こえて来る。


ハクは、風花にだけ聞こえるように方向を伝え、風花は怖がる女の子を連れて進んで行った。


……お姉ちゃん、ハクと一緒に今帰るから……


§§§


一方、葵達はというと、


「ここって……よろず屋……?」

古びた建物に掛けられた看板を見て、葵は呟く。

そう、ここは同じ桜花町にある、《よろず屋》。

桜は、葵の呟きに答えるようにうなづく。

「そうですよ。その名の通り、なんでもやってくれる所です。ここのオーケーに訳を話せばきっと、風花ちゃんを捜し出してくれますよ!!」


桜は以前、姉のことでお世話なった事を話す。

葵は、少し考えたあと、決心したように頷く。

「わかった。桜がそこまで信頼するなら、お願いしてみる!!さ、行こう?桜」


「はい!」


二人は、OPENという看板のかかったドアの呼び鈴を鳴らした。



§§§§

§§§

§§


一方風花は、女の子の手を引き、林の中を歩いていた。

追ってくるかと最初はヒヤヒヤしたが、今のところその心配はなさそうだ。
…そう、今のところは。


風花はふと後ろを振り返り、女の子の様子を見る。
かなり疲れているらしく、はあはあと息があがっている。
かくいう風花も、かなりくたびれていた。


「……少し休もう?」

風花はそう言うと、木の根元に女の子を座らせる。そして自分は、その近くに腰を下ろす。

…どのくらい歩いたのだろう……あとどのくらい歩き続けなければならないのか……

はあ…とため息をつき、風花はハクに話し掛ける。

「ハク…あとどのくらい?……」

ハクはあたりを見回すと、風花の耳元で

「そろそろ、国道に出るはずだ……!!」

と言うと、

「やばい!!風花、逃げろ!奴ら追ってきたみたいだ!!早く!」


ガサガサと草を掻き分ける音と、数人の男の話し声。それを聞いた風花は、急いで女の子を立ち上がらせ、手を引く。


しかし、所詮大人の早さには敵わない。

「やっと見つけたぜ。手間をかけさせやがって…」


ついに追い付かれてしまった。


「お。そんなとこにいたのかい。お嬢ちゃんたち」

数人の男達が集まってくる。

風花は、女の子を庇うように後ろに隠す。

リーダー格のような男が、ニヤつきながら二人に近づく。


「さ、戻ろうか。君達は大切な人質だからね。逃げられちゃうとお兄さんたち、凄く困るんだよ」


二人に男の手が伸びる。

風花は、恐怖と絶望感で動けない。


すると…

「風花!!」

ハクの声が聞こえた。

「……!!」

風花は我にかえり、手に持っていた剣玉を振り回す。

ひゅん……ガツン!!


風花の腕を掴もうとした男の額に命中した。

「うがっ……く、くそガキが!」

風花は、ひゅんひゅんと剣玉を操り、男達と距離を取っていく。


その時背後で、

「きゃ……」


女の子の悲鳴が聞こえた。はっと振り向くと、男達の仲間が女の子の腕を捩り上げ、にやにやしていた。


「ま、まずいぜ。どうする、風花……!あぶねぇ!」


ハクは、焦ったように風花に叫ぶ。
次の瞬間、風花はリーダー格の男に掴み上げられ、担がれる。


「さ、帰ろうか。次は、しっかり繋いでおけよ」


と、部下達に言い歩き始める。


風花は、必死で抵抗する。

「いやあ……離して!!離してよ!」


男は、

「静かにしようね…殺されたくなければ……ふふふ」

と不気味に笑う。


……お姉ちゃん……
もう、ダメみたい。

風花が覚悟を決めたその時、


「ぐはあ!!」


突然男達の一人が、悲鳴を上げ倒れ込む。


「……!!誰だ!」


リーダー格の男が叫ぶと、

「ぐっ……」

今度はその後ろで、女の子を担いでいた男が、うずくまる。

リーダー格の男が振り向く。するとそこには、


「やれやれ…ね」

気を失った女の子を抱え上げ、不敵に笑う一人の女性。

流れるような艶やかな金髪。赤いビロードのドレスに身を包んだ美女。しかし、醸し出す雰囲気は、思わず身震いしてしまうほど冷たい。


呆気にとられているリーダー格の男の背後で、

「うわあ!!」

「ひぃ!!」

「ぐああ!!」

次々と悲鳴が上がった。


声のした方を見た。そこには、彼ら犯罪者が最も恐れている者たちが立っていた。

「観念して貰うよ」

鞭を握りしめ構える、赤いショートカットの女性。同色の瞳は、切れ長で強い光りをはなっている。

「マスターの命により、あなたがたを排除します」

デッキブラシを構えまっすぐ見据える、長い金髪を黒いリボンで結び、黒いワンピースとレースに縁取られたエプロンを身につけた少女。

「……逃げようなんて考えないほうが身のためよ」


着物のような変わった服を身につけた、白銀の髪に赤い目をした少女。そして、

「さあ、もうあなただけです。その子達を離して貰います!」


最後は、白銀の髪に赤い目をした、赤いタートルネックにマイクロミニ、黄色のジャケットを羽織った女性が二本の棒のようなものを構えて叫ぶ。


リーダー格の男は、力尽きたようにヘナヘナて座り込んだ。
よろず屋にばれてしまっては、もう諦めるしかない…。


その後は、あっと言う間だった。
間もなく、警察機構の刑事、悠希達が到着。男達は一人残らず御用となった。彼らのアジトも捜査が入り、どうやら幼児をさらっては、売り飛ばしていたらしい。(大量の「納品リスト」が発見された)


「お手柄だな。相変わらず仕事が速くて助かるぜ」

悠希は、琥珀達に礼を言って、パトカーに乗り去っていった。


風花は、そこまで見届けるとハクを抱きしめたまま、意識を手放した。


§§§§

§§§

§§

朝、風花が目を覚ますと白い天井が見えた。

ぼーっとしていると、手に温もりを感じた。
不思議に思い、視線を移す。

「……お、お姉ちゃん……?」


葵だった。風花の手を握ったまま、眠ってしまったようだった。風花は姉の手を握り返した。


「ん……風花……ん?あ、いけない、寝ちゃってたんだ。……!!」


握り返された事で、目を覚ました葵は、風花の顔をみて目を見開き、次第にその目には涙が溢れてきた。


「ふ、風花!!ゴメンね!私のせいで、怖い思いさせちゃって……でも良かった……本当に……良かった………」


風花を抱きしめ、泣き崩れる葵。風花は、大好きな姉を泣かせるほど心配させてしまった事を、申し訳なく思った。


「……ゴメンなさい。お姉ちゃん……でも、お姉ちゃんのせいじゃない。そんなに自分を責めないで……」


風花は震える葵の体を抱きしめ返し言った。
それを聞いた葵は、胸が締め付けられる。

「で、でも、私が部活から早く帰らなかったから、あんな事に……風花を守らないといけないのに、私は、私は……」


すると風花は、葵の腕の中で真っ直ぐ目を合わせ、

「わたし、もう逃げない。もう泣かないって決めたの」


もう、護られるだけは嫌だから………
そう言った風花の顔は、今までのような内気で気の弱いそれではなかった。




後日、葵と風花と桜はよろず屋を訪れた。

報酬は…と話を切り出すと、オーナーの琥珀はニッコリと笑い、要らないと言ってくれた。


その数日後、葵が再びよろず屋を訪れ、従業員となった。

実は桜が、すでによろず屋の従業員であった事を聞いた葵は驚いた。

そして、いざとなった時の自分の無力さに、
「もう、あんな思いはしたくない」
と、実戦で力を付けようと思いついたのだ。

その後、風花がそんな姉の背中を追い、よろず屋メンバーになるのは、それから間もなくである。


大切な人達を悲しませないため、護られるだけでなく自分で道を切り開けるように……
それは、彼女が自分自身に誓った、ひたすら純真で無垢な、



《真っ白な誓い》




《END》
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