Episode end~断罪、そして…~
黒猫は願う、総てを受け入れ償う事を…。
マルロニとスタンデッドは声も出ず、ただただ立ち尽くす。ディプロードの行動もそうだが、それよりも今眼前にある光景をみて。
「くっ……な、にをする!貴様!!」
「何を?言った筈よ、『逃がさない』って」
座り込むディプロードに向かい合うようにしゃがみ込み、こめかみに宛がわれていたはずの拳銃を彼の手ごと掴み、上空に向けるキリーの姿。
…そう、キリーはディプロードの自殺を一瞬で察知し、阻止したのだ。
「貴方は数えきれない程の罪を犯したわ。このまま何もしないまま逃がしはしない……貴方が命を絶つとき、それは自分のした事をきちんと償ってからよ」
「っつ!!忌ま忌ましい奴め…」
恨めしげに睨むディプロードの視線を受け流し、キリーは拳銃を奪い立ち上がる。
「なんとでも言えばいい。私は私の思い描く結末を迎えるだけ…」
…遥か遠くから、車のエンジン音が聞こえる。キリーはマルロニとスタンデッドに向き直る
「さあ、後は役人に任せましょう。…二人の加勢に行かなくては…」
二人をすり抜け歩き始めるキリーに気づいた二人は、ディプロードを一瞥した後、後を追った。
―――…
―…
三人が研究所に戻ってみると、マリーナとジャックの奮闘により、すでに決着が着いていた。
しかし、二人ともかなり満身創痍だったため、スタンデッドの計らいで彼が経営する診療所に入院させる事になった。
その後、ディプロードは投獄され、関係者ともども処刑を待つ身となった。
―サンテロットとの死闘から一月後、キリーは久しぶりに『ハーフムーン』に顔を出した。
「あら、いらっしゃいキリー。久しぶりね!元気だった?」
「ええ…まあまあよ…ところで、マルロニは?」
優しい笑顔で迎えてくれたアンジェラに緩く返事をすると、マルロニの所在を聞く。じつはマルロニに連絡を受け、ここに来るように言われたのだ。
それを聞いたアンジェラは、壁に掛かった時計を見、キリーににこやかに言う。
「そろそろ来るわよ。そうだ!何にする?私の奢りよ、飲みたいものを言って」
「……ん。じゃ、モスコミュール」
「了解!座って待ってて!」
アンジェラが戻ると、キリーも後を追うようにカウンターに座る。
運ばれたカクテルを飲みながら、しっとりとしたジャズをしばらく聞いていると、
―チリンチリン…―
店の扉が開き、マルロニと後ろから大きな帽子を被った女性が入ってきた。
マルロニはキリーを見つけると、片手を上げる。
「よぉ!お待たせしたな」
「……まあね。ねぇ…後ろの女性は誰?」
不思議そうにマルロニと女性を見比べるキリーに、マルロニは微笑む。そして…
「……誰だと思う?当ててみな」
「??」
意味ありげに言われ、キリーはマジマジと女性を見つめる。すると、女性がふいに帽子を取った。その顔を見たキリーは目を疑った。
「…………レミリア……」
そう、その女性はレミリアに瓜二つだったのだ。しかし、それだけではなかった。マルロニの口から信じられない事実が語られた。
「この女性はな、レミリアの娘さんなんだよ」
「……む……すめ…?」
「ああ」
「じゃあ、レミリアは」
「生きていたんだよ。ちゃんと逃げ延びていたんだ。あの研究所から…」
するといままで黙っていた女性が、深く頭を下げた。
「キルエリッヒさんですね。母からよくお話を聞いていました。私はサリアと言います」
「……サリア……」
声までそっくりなサリアに、キリーは言葉が見つからず、ただただ見つめる。
そんなキリーを見ると、何を思ったのか、マルロニはサリアにキリーの隣に座るように促し、アンジェラと裏に下がっていった。
「………レミリアは…貴方の母親は幸せなの?」
「ええ……幸せそうでした…」
「…でした?」
サリアは目を閉じ、ゆっくり頷くと静かに話す。
「母は二ヶ月前に亡くなりました。研究の後遺症で目眩や頭痛、記憶障害に悩まされていましたが、貴女の事はよく覚えていたようで、私は幼い頃からキルエリッヒさんのお話を聞いていました。とても優しくて頼もしくて、強い人だと」
「!!……そう……」
「母は50年前のあの日、研究所の一人の男性に助けられたのです」
「サンテロットの研究員?」
「ええ…。その男性にもその頃の母と同い年の娘がいたらしくて、自分の命の危険を省みず母を助けてくれたんです。母はなんとか逃げ延び、父と出会ったそうです。そして間もなくして私が生まれました。母はいつも言っていました。死ぬ前一目でいい、会いたいと」
「…………」
「でも、それも叶いませんでした。母は亡くなる一年くらい前から、記憶の混濁が酷くなり、キルエリッヒさんはおろか、私や父すらも分からなくなってしまったんです」
レミリアは生きていた。
確かに生きていた。
そして、ちゃんと人の……女として幸せな時を過ごしていた。
記憶混濁が激しくなったのは、おそらくサンテロットの研究が原因だろう。まあ奴らにしてみれば失敗なのだろうが。
「……あの時、私が芝居に誘わなければあんな事にはならなかった。そして、もっと長生き出来たかも知れない。実験体になる事も後遺症に悩む事もなく。私が……私が悪いのよ。すべて……ごめんなさい、サリア」
キリーはサリアの顔が見れず、俯いたまま謝る。
隣のサリアの気配が動く。
「いえ、母は貴女を怨んでなんていませんでした。それよりも、貴女を兵器にしてしまった事にとても罪悪感を感じていました。本当は自分の言葉で伝えたかったでしょう」
「サリア…」
「母からの伝言です。私は貴女と姉妹に生まれて来れた事を誇りに思っていると……なのに私だけ逃げ延び、のうのうと幸せに浸っていて……ごめんなさい。また貴女と家族に生まれる事を私は願いますと……」
「……っレミリアっ!」
「ありがとう……キリー…」
キリーは……泣いていた。普段はけして見せる事などない涙。死んでしまって悲しいからではない、レミリアが無事に生き延び、幸せを手にし愛する家族が出来ていたという…喜び……。サリアは静かに涙を流すキリーを微笑みながら見つめ、一枚のセピア色の写真をカウンターに乗せた。
「これを、キルエリッヒさんに差し上げます。母が元気だった頃に撮った写真です」
そこには、老いてはいるが愛する夫と娘に肩を抱かれ、幸福そうに微笑むレミリアの姿があった。
―――…
―…
「キリー今日な、ディプロード達が処刑されるそうだ」
サリアとの出会いから三日後、スタンデッドの診療所にキリーはいた。
「ふーん」
「見にいかないのか?」
「……人が死ぬところみても面白くないでしょう」
「ま、確かにな……」
「スタンデッド……」
「ん?」
「レミリア、ちゃんと天国に行ったのよね。幸福……だったのよね」
「キリー……」
「私、てっきり死んだとばかり思ってたから…最初は信じられなかった…でも」
キリーはコートのポケットから写真を取り出す。
「ここに写るレミリアは、間違いなくレミリアで、大切な家族に囲まれて……生きていた証がちゃんとある………これで充分だわ。私は」
「キリー」
無愛想でそっけなくて、威風堂々とした普段のキリーとは違い、今は小さくか弱い細い体。そんな体に沢山の悲しみ、傷を背負っている。少しでも癒し支えてやりたくて、スタンデッドは、後ろからキリーを抱きしめる。キリーは一瞬、ピクリと体を震わせるが、されるがままスタンデッドに体を預けた。
………貴女にはかけがえのない人はいますか?
………貴女には譲れない思いがありますか?
…人は一人では生きては行けない。
…人は生まれた時から、誰かに必要とされている。
もし、何もかも上手くいかなくてくじけそうな時、孤独を感じるとき、自分の歩いてきた道を振り返ってみて。
そうすれば見えて来るはず。今まで巡り会った人達、すれ違った人達が自分の人生の一部に生きていた事を……だって、
―この世の中に、
無意味な出会い、必要のない出会いなどないのだから―
《THE END》
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
黒猫は願う、総てを受け入れ償う事を…。
マルロニとスタンデッドは声も出ず、ただただ立ち尽くす。ディプロードの行動もそうだが、それよりも今眼前にある光景をみて。
「くっ……な、にをする!貴様!!」
「何を?言った筈よ、『逃がさない』って」
座り込むディプロードに向かい合うようにしゃがみ込み、こめかみに宛がわれていたはずの拳銃を彼の手ごと掴み、上空に向けるキリーの姿。
…そう、キリーはディプロードの自殺を一瞬で察知し、阻止したのだ。
「貴方は数えきれない程の罪を犯したわ。このまま何もしないまま逃がしはしない……貴方が命を絶つとき、それは自分のした事をきちんと償ってからよ」
「っつ!!忌ま忌ましい奴め…」
恨めしげに睨むディプロードの視線を受け流し、キリーは拳銃を奪い立ち上がる。
「なんとでも言えばいい。私は私の思い描く結末を迎えるだけ…」
…遥か遠くから、車のエンジン音が聞こえる。キリーはマルロニとスタンデッドに向き直る
「さあ、後は役人に任せましょう。…二人の加勢に行かなくては…」
二人をすり抜け歩き始めるキリーに気づいた二人は、ディプロードを一瞥した後、後を追った。
―――…
―…
三人が研究所に戻ってみると、マリーナとジャックの奮闘により、すでに決着が着いていた。
しかし、二人ともかなり満身創痍だったため、スタンデッドの計らいで彼が経営する診療所に入院させる事になった。
その後、ディプロードは投獄され、関係者ともども処刑を待つ身となった。
―サンテロットとの死闘から一月後、キリーは久しぶりに『ハーフムーン』に顔を出した。
「あら、いらっしゃいキリー。久しぶりね!元気だった?」
「ええ…まあまあよ…ところで、マルロニは?」
優しい笑顔で迎えてくれたアンジェラに緩く返事をすると、マルロニの所在を聞く。じつはマルロニに連絡を受け、ここに来るように言われたのだ。
それを聞いたアンジェラは、壁に掛かった時計を見、キリーににこやかに言う。
「そろそろ来るわよ。そうだ!何にする?私の奢りよ、飲みたいものを言って」
「……ん。じゃ、モスコミュール」
「了解!座って待ってて!」
アンジェラが戻ると、キリーも後を追うようにカウンターに座る。
運ばれたカクテルを飲みながら、しっとりとしたジャズをしばらく聞いていると、
―チリンチリン…―
店の扉が開き、マルロニと後ろから大きな帽子を被った女性が入ってきた。
マルロニはキリーを見つけると、片手を上げる。
「よぉ!お待たせしたな」
「……まあね。ねぇ…後ろの女性は誰?」
不思議そうにマルロニと女性を見比べるキリーに、マルロニは微笑む。そして…
「……誰だと思う?当ててみな」
「??」
意味ありげに言われ、キリーはマジマジと女性を見つめる。すると、女性がふいに帽子を取った。その顔を見たキリーは目を疑った。
「…………レミリア……」
そう、その女性はレミリアに瓜二つだったのだ。しかし、それだけではなかった。マルロニの口から信じられない事実が語られた。
「この女性はな、レミリアの娘さんなんだよ」
「……む……すめ…?」
「ああ」
「じゃあ、レミリアは」
「生きていたんだよ。ちゃんと逃げ延びていたんだ。あの研究所から…」
するといままで黙っていた女性が、深く頭を下げた。
「キルエリッヒさんですね。母からよくお話を聞いていました。私はサリアと言います」
「……サリア……」
声までそっくりなサリアに、キリーは言葉が見つからず、ただただ見つめる。
そんなキリーを見ると、何を思ったのか、マルロニはサリアにキリーの隣に座るように促し、アンジェラと裏に下がっていった。
「………レミリアは…貴方の母親は幸せなの?」
「ええ……幸せそうでした…」
「…でした?」
サリアは目を閉じ、ゆっくり頷くと静かに話す。
「母は二ヶ月前に亡くなりました。研究の後遺症で目眩や頭痛、記憶障害に悩まされていましたが、貴女の事はよく覚えていたようで、私は幼い頃からキルエリッヒさんのお話を聞いていました。とても優しくて頼もしくて、強い人だと」
「!!……そう……」
「母は50年前のあの日、研究所の一人の男性に助けられたのです」
「サンテロットの研究員?」
「ええ…。その男性にもその頃の母と同い年の娘がいたらしくて、自分の命の危険を省みず母を助けてくれたんです。母はなんとか逃げ延び、父と出会ったそうです。そして間もなくして私が生まれました。母はいつも言っていました。死ぬ前一目でいい、会いたいと」
「…………」
「でも、それも叶いませんでした。母は亡くなる一年くらい前から、記憶の混濁が酷くなり、キルエリッヒさんはおろか、私や父すらも分からなくなってしまったんです」
レミリアは生きていた。
確かに生きていた。
そして、ちゃんと人の……女として幸せな時を過ごしていた。
記憶混濁が激しくなったのは、おそらくサンテロットの研究が原因だろう。まあ奴らにしてみれば失敗なのだろうが。
「……あの時、私が芝居に誘わなければあんな事にはならなかった。そして、もっと長生き出来たかも知れない。実験体になる事も後遺症に悩む事もなく。私が……私が悪いのよ。すべて……ごめんなさい、サリア」
キリーはサリアの顔が見れず、俯いたまま謝る。
隣のサリアの気配が動く。
「いえ、母は貴女を怨んでなんていませんでした。それよりも、貴女を兵器にしてしまった事にとても罪悪感を感じていました。本当は自分の言葉で伝えたかったでしょう」
「サリア…」
「母からの伝言です。私は貴女と姉妹に生まれて来れた事を誇りに思っていると……なのに私だけ逃げ延び、のうのうと幸せに浸っていて……ごめんなさい。また貴女と家族に生まれる事を私は願いますと……」
「……っレミリアっ!」
「ありがとう……キリー…」
キリーは……泣いていた。普段はけして見せる事などない涙。死んでしまって悲しいからではない、レミリアが無事に生き延び、幸せを手にし愛する家族が出来ていたという…喜び……。サリアは静かに涙を流すキリーを微笑みながら見つめ、一枚のセピア色の写真をカウンターに乗せた。
「これを、キルエリッヒさんに差し上げます。母が元気だった頃に撮った写真です」
そこには、老いてはいるが愛する夫と娘に肩を抱かれ、幸福そうに微笑むレミリアの姿があった。
―――…
―…
「キリー今日な、ディプロード達が処刑されるそうだ」
サリアとの出会いから三日後、スタンデッドの診療所にキリーはいた。
「ふーん」
「見にいかないのか?」
「……人が死ぬところみても面白くないでしょう」
「ま、確かにな……」
「スタンデッド……」
「ん?」
「レミリア、ちゃんと天国に行ったのよね。幸福……だったのよね」
「キリー……」
「私、てっきり死んだとばかり思ってたから…最初は信じられなかった…でも」
キリーはコートのポケットから写真を取り出す。
「ここに写るレミリアは、間違いなくレミリアで、大切な家族に囲まれて……生きていた証がちゃんとある………これで充分だわ。私は」
「キリー」
無愛想でそっけなくて、威風堂々とした普段のキリーとは違い、今は小さくか弱い細い体。そんな体に沢山の悲しみ、傷を背負っている。少しでも癒し支えてやりたくて、スタンデッドは、後ろからキリーを抱きしめる。キリーは一瞬、ピクリと体を震わせるが、されるがままスタンデッドに体を預けた。
………貴女にはかけがえのない人はいますか?
………貴女には譲れない思いがありますか?
…人は一人では生きては行けない。
…人は生まれた時から、誰かに必要とされている。
もし、何もかも上手くいかなくてくじけそうな時、孤独を感じるとき、自分の歩いてきた道を振り返ってみて。
そうすれば見えて来るはず。今まで巡り会った人達、すれ違った人達が自分の人生の一部に生きていた事を……だって、
―この世の中に、
無意味な出会い、必要のない出会いなどないのだから―
《THE END》
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