『忘れちゃったの?美香ちゃん…私はずっと忘れられなかったのに………』


《罪》



美香が校門を潜ると同時に、周りの景色が明るく変わっていく。そしていつの間にか美香の服も、パジャマから制服に変わっていた。登校している生徒たちを追い越しながら、昇降口にたどり着くと、見覚えのある女生徒を見かけた。


「え?茜………そういえばここは夢の中だったわ。でもなんであの女が?」


美香の訝しげな視線を感じたのか、茜がふとこちらを見る。視線を合わせた途端、美香は恐怖を感じた。
……茜は笑っていた。いや、正確には口だけ笑っており、目はけして笑っていない……そんな表情。時間にすれば、たった数秒の出来事だった。茜は興味を失ったように美香から目を逸らし、教室に向かう階段を昇っていった。
しばらく呆けたように、立ち尽くす美香。次第に恐怖が怒りに変わっていった。


「茜の奴、玩具のクセに美香を馬鹿にするなんて…夢の中までムカつく女ね」


まあいい。あの時と同じ方法で嵌めてやればいい。絶望の中で後悔させてやる。美香は、その光景を思い浮かべほくそ笑みながら、自分も教室に向かう。


ホームルームも終わり、始業式のため、体育館に向かう。美香は式の最中も、茜への制裁を考え楽しそうに笑みを浮かべ、前方で整列している茜の後ろ姿を見ていた。
式も終わり、生徒はそれぞれ教室に戻って行く。美香は茜を体育館裏に連れて行こうと近づいていくと、逆に茜に声を掛けられた。


「ねぇ美香ちゃん、ちょっと一緒に来てくれる?」


「!?…ちょうど良かった。私もあんたに話しがあるの」


「……そう、じゃ、行こう…」


美香は少し驚いたが、連れ出す言い訳を探す手間が省けたため、嬉々として茜の誘いを受ける。美香の言葉を聞いた茜は、一瞬意味ありげな笑みを浮かべた後、美香を伴い体育館裏に向かった。





体館裏に着いた美香は、嘲るような顔で茜を見遣る。


「茜~?あんた調子に乗ってんじゃないわよ~?お姫様は美香一人なんだから。み~んな美香の奴隷νν
自分の役割、わかった?あんたはね~…美香を引き立てる道具なのνννフフフ………」


一方の茜は何もいわず、黙って美香を見つめていたが、ふと目を細めると自分の上着のポケットを探る。そして………

「美香ちゃん……あなたは何も変わってないんだね。私を嵌めて、ほかの皆を騙して罪を着せて…………すき放題やってたのに、それでもまだ足りない?なら…思い知らせてあげるよ。あなたが犯した罪、そして私や他の嵌められた子達の怒り、悲しみや苦しみを……」


そう言うなり、探っていたポケットから剃刀を取り出す。そして…………



ザシュ……



茜は、自分の腕に思い切り突き立てた。


赤く紅くアカく
袖を染めていく血………




美香は茜の行動に驚く。途端に嫌な予感が脳裏を掠めた……その時、



「きゃああああ!!」


茜の悲鳴……。自分の足元に放られる剃刀。


………紛れもなく茜を嵌めた時の自分の芝居……。そしてその後に待っている事は………。


バタバタバタバタ…………


「!?一体どうし……茜!!」


「酷い……茜大丈夫?!」


「皆……怖かった…」


「美香!お前がやったのか?」


「最低ね!!」


「ち、違うよぉ……茜ちゃんが自分で……」


「嘘つくなよ!お前が切り付けたんだろ!?」


「美香じゃないょぉ~…信じて……《バシッ》きゃあ!!」


美香は突然平手打ちをくらい倒れ込む。
クラスメートの自分に対するこの仕打ち……ショックで体に力がはいらない……。まるっきり自分の話しを聞いて貰えない……。さらに、


ドカッ!!


「くぁ………!」


バキ!!


「あ゛……」


ドゴッ!!!!


「い゛……や、やめ」


激しい暴力………。美香はうずくまり痛みに堪える。そしてふと、茜の方へ視線を向ける。



茜は………笑っていた。しかも先程とは違い、心底嬉しそうに………


茜は美香と目が合うと、さっと顔を変え、倒れている美香の前に庇うように立つ。


「皆、これ以上はやめて。可哀相よ……」


「茜?!そいつから離れろ!また切り付けられるぞ!」


「そんな奴、庇うことないのに!!茜!」


「ちっ……茜に庇って貰ったからっていい気になるんじゃねぇよ!美香!」


すき放題、美香を罵るクラスメート。茜はそんなクラスメート達を落ち着かせる。


「私は大丈夫だから……そろそろホームルームが始まるわ。教室に戻って、ね?」


「……でもよ!」


「茜……」


納得しきれていない彼等に茜は微笑む。とその時、ちょうどチャイムが鳴った。


「ほら……早く…ね?」


クラスメート達は茜に促され、渋々教室に戻っていった。
その場に残ったのは、茜とずたずたになった美香。


茜は横たわる美香に歩み寄り、呼び掛ける。


「美香ちゃん……思い出してくれた?あの日、美香ちゃんが私にしたこと………。苦しいでしょう?痛いでしょう?悲しいでしょう?辛いでしょう?………悔しいでしょう??これでもまだ、美香ちゃんはこんな事を続ける?また誰かを嵌めて、クラスメートの皆に罪を重ねさせるの?


そして、私みたいに……自殺させるの?」


美香は痛む体をよじり、茜を睨みつける。


「ふ、ふざけないでよ?茜。あんたが何を言おうが、最後に笑うのはお姫様の私なの……。皆はきっと私の事を護るべき存在だって気付くはずよ!……………その時が来たら、あんたをまた自殺に追い込んであげる……フフフ」


全く懲りていない美香に、茜は悲しそうに顔を歪めると、静かに立ち上がる。そしてすぐ無表情になる。


「美香ちゃん…わかってくれないんだね……なら仕方ないよね。これからいっぱいいっぱい……………………
クルシンデネ


茜は美香を一瞥し、その場を立ち去った。


美香はその後ろ姿を嘲笑いながら見つめる。

こんなのは何かの間違いだ。だってクラスメートは自分の奴隷。自分の言うことを聞かないはずがない。だって


…私はお姫様なのだから…



「フフフ……覚えてなさい茜………せいぜいいい気になってればいいわ。美香がお姫様に相応しいって事を教えてアゲル……」


美香は、薄ら笑いながら傷ついた体を起こし、フラフラと校舎に向かい歩き出す。そんな美香を屋上から眺めていた、ジューンとエイプリルは、お互い顔を見合わせ、呆れたようにため息をついた。


「ダメか………」


「なんて言うか……よっぽど自分に自信があるんだね。これはかなり手こずりそうな予感がするわ……今晩中にケリが着かなかったら……強行手段に出るしかないよね……」


悲しそうに呟くエイプリルを労るように抱きしめるジューン。


「…エイプリル。その時は俺が手を下す。君が手を汚す必要はない……」


ジューンの言葉を嬉しいと感じた。しかし、霜月に命を受けたのは自分。エイプリルは、ジューンの顔を見上げる。


「ジューンありがとね。でもこれは、私がやるべき事なの。だから自分でカタを付けなくちゃ、ね?」


「エイプリル……」


エイプリルは、心配そうなジューンにニッコリ笑顔を向ける。


「大丈夫だから!それにいつまでもジューンに甘えてる訳にはいかないもの!」


「……そうか。分かった。君がそう決めたのなら、俺は何も言わない。最後まで付き合うから……頑張ろう、エイプリル」


ジューンが傍にいてくれて良かったと改めて痛感する。自分一人ではきっとくじけていた。今まで美香に苦しめられてきた茜や雛たちのため、自分を信じて命を下した霜月のため、何よりも見守ってくれている大好きな彼のため………出来るなら美香も救いたいというのがエイプリルの望みだ。いくら諸悪の根源とはいえ、彼女も色々思いがあるはずだ。


必ず、必ず救ってみせる。失敗は絶対に許されない………。


エイプリルはジューンの腕の中で、決意をさらに強く固めた。



《罪》
END

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