『あなたはどこまでも、私を苦しめたいんだね………美香』
……―
それから今日で、一週間経とうとしていた。相変わらず雛に対するイジメは続いていた。何も変わらない……所詮は呪い。過度な期待はしていなかった。
しかし、雛にはそれよりも気になる事があった。
実は、雛が呪いをした次の日から、真二が学校を欠席した。雛はなぜか胸騒ぎがし、真二の家に行ってみたのだが、『風邪を引いちゃって。移しちゃうと嫌だから、ゴメンね…』彼の母親にそう言われ、結局様子が見れなかった。
イジメが始まって以来、常連になった屋上で、お弁当を広げ、独りで食べていると、いつの間にか周りに色とりどりの蝶が舞っていた。キラキラと光を放ちながら雛を囲む。すると、目の前に白地にさまざまな色を散りばめた、一際美しい蝶が現れた。と、次の瞬間、目を開けていられないほどの強い光に包まれた。
………―
気が付くと雛は真っ暗な空間にいた。
「こ、ここは……」
「ここは夢幻界の入口。夢と現実の間」
呟きに答える声に驚き、後ろを振り向くと、一人の少女が立っていた。
少女の周りには先ほどの、色とりどりの蝶が舞っている。
「あ、あの……あなたは誰?」
雛は混乱しながら、少女に問う。すると少女はくすりと笑い答えた。
「私は霜月。ナイトメアを束ねるもの」
ナイトメア……雛は儀式の方法を聞いた時の事を思い出す。
ナイトメアは、現時点で全部で7人。
彼らはもともと、自分達と同じ人間であった事。
しかし、なんらかの事情で不慮の死を遂げ、肉体が滅んでも、『憎しみ』『悲しみ』『未練』などでこの世に縛り付けられた姿である事。
名前はすべて暦で名付けられ、本名は記憶から消される。そして、付けられた名前は彼らが『人』でなくなった月という事。
そして、彼等はそれぞれ『色』を持っているのだが、統括する人物は、『色』がない『無色』または『白』であるという事。
……雛は正面で微笑む少女を見つめた。
白く透けるような肌、髪は艶やかだが真っ白。身につけている物も真っ白。
…まるで、積もったばかりの新雪のような風貌だ。しかし、雪のような冷たさはなく、温かさとはかなさを兼ね備え、確かな存在感もある。多分…いやきっと、彼女『霜月』がナイトメアの親玉で間違いないだろう。雛がそう、ぼんやりと考えていると、霜月はゆっくりと話し出した。
「西尾雛さんで間違いはないですね。あなたが私達を呼び出した経緯は把握しております。
さぞ辛い事でしょう…『長谷川美香』という人物を悪夢に閉じ込めたいのですね?
でも、本当によろしいのですか?色々、私達の事を調べていたあなたの事。代価はなんであるのかわかっていらっしゃるはずです。………それでも、彼女を悪夢に堕としますか?それは、あなたの命を捧げるほどの価値がありますか?大切なものを手放す程の価値がありますか?
…あなたの決意を、覚悟を私に示してください』
霜月が言いたい事はわかる。おそらく、『生きる』という最後のチャンスを与えてくれているのだ。
確かに、美香を悪夢に送ったところで、自分には平和を謳歌する時間ない。でも、いままで味わった苦痛は、死ぬよりももっと辛い。生きてそれを堪え続ける事は、今の雛にはもう無理だった。
「私は……今まで平穏に暮らしていた。友達もいて、真二と過ごす幸せな時間もあって……それだけで幸せだった。でも、それを美香にすべて………クラスの中の自分の存在もすべて消されて、何もかも奪われて……地獄が存在するなら、そっちの方がマシだと思えるくらい……こんな日々を過ごすのは堪えられないの。
もし、地獄に堕ちるなら美香も道連れにしてやりたい。でも、ただ地獄に堕とすだけじゃ私の苦しみは伝わらない。だから、悪夢を………私が味わった悪夢を美香に見せてやりたい……!』
雛は霜月の目を見て、はっきりと伝えた。
揺るぎない覚悟を……。
霜月はしばらく黙っていたが、ゆっくりと頷く。そして、周りを舞っている蝶に向かい手を翳す。するとその中のオレンジ色の光りを放つ蝶が手に留まった。
霜月は、雛の近くに歩み寄り肩に触れる。するとオレンジの蝶は、弾けるように消えた。
「あなたの願いと覚悟、確かに受け取りました。…あなたの本懐をとげる事を約束いたしましょう。『長谷川美香』は近いうちに、私のしもべ『エイプリル』が悪夢へと誘います。
そして……代価はすべてが終わった後、戴きます。
さて……これ以上引き止める訳には参りませんね。では、お戻りなさい……」
霜月がそう言った瞬間、雛はまた眩しい光りに包まれた。
…………
………………―
キーンコーン…カーンコーン…
チャイムが鳴り響く。
雛が目を覚ますと、そこは保健室だった。
「あれ?確か屋上で…」
状況が飲み込めず、上体を起こし周りを見回す。
シャッとカーテンを引く音がし、保健教師が顔を出す。
「よかった!目が覚めたのね。あなた、屋上で倒れてたのよ。貧血かしらね、ちゃんとご飯食べてる?」
「は、はい。えっと……今何時ですか?あと、なんで私、保健室に居るんですか?」
一体誰が連れてきてくれたのだろう……真二は学校には来ていないし、クラスメートは全員雛を嫌っている。すると、保健教師は思いがけない人物の名前を出した。
「今は、5時間目よ。あと、あなたを連れてきてくれたのは…」
…なんで、どうして…?嫌な予感しかしない。
雛は、なんとなく制服のポケットに手を入れる。
……何か入ってる。つかみ取り出してみると、二つ折りにしたルーズリーフ。
手が震える。
開いてみると、そこには……
『あんたは死ぬまで私の玩具よ。簡単に壊れちゃダメ。もっともっと………』
……雛の頭の中で、美香の楽しげな笑い声が聞こえた気がした。
《契約》
……―
それから今日で、一週間経とうとしていた。相変わらず雛に対するイジメは続いていた。何も変わらない……所詮は呪い。過度な期待はしていなかった。
しかし、雛にはそれよりも気になる事があった。
実は、雛が呪いをした次の日から、真二が学校を欠席した。雛はなぜか胸騒ぎがし、真二の家に行ってみたのだが、『風邪を引いちゃって。移しちゃうと嫌だから、ゴメンね…』彼の母親にそう言われ、結局様子が見れなかった。
イジメが始まって以来、常連になった屋上で、お弁当を広げ、独りで食べていると、いつの間にか周りに色とりどりの蝶が舞っていた。キラキラと光を放ちながら雛を囲む。すると、目の前に白地にさまざまな色を散りばめた、一際美しい蝶が現れた。と、次の瞬間、目を開けていられないほどの強い光に包まれた。
………―
気が付くと雛は真っ暗な空間にいた。
「こ、ここは……」
「ここは夢幻界の入口。夢と現実の間」
呟きに答える声に驚き、後ろを振り向くと、一人の少女が立っていた。
少女の周りには先ほどの、色とりどりの蝶が舞っている。
「あ、あの……あなたは誰?」
雛は混乱しながら、少女に問う。すると少女はくすりと笑い答えた。
「私は霜月。ナイトメアを束ねるもの」
ナイトメア……雛は儀式の方法を聞いた時の事を思い出す。
ナイトメアは、現時点で全部で7人。
彼らはもともと、自分達と同じ人間であった事。
しかし、なんらかの事情で不慮の死を遂げ、肉体が滅んでも、『憎しみ』『悲しみ』『未練』などでこの世に縛り付けられた姿である事。
名前はすべて暦で名付けられ、本名は記憶から消される。そして、付けられた名前は彼らが『人』でなくなった月という事。
そして、彼等はそれぞれ『色』を持っているのだが、統括する人物は、『色』がない『無色』または『白』であるという事。
……雛は正面で微笑む少女を見つめた。
白く透けるような肌、髪は艶やかだが真っ白。身につけている物も真っ白。
…まるで、積もったばかりの新雪のような風貌だ。しかし、雪のような冷たさはなく、温かさとはかなさを兼ね備え、確かな存在感もある。多分…いやきっと、彼女『霜月』がナイトメアの親玉で間違いないだろう。雛がそう、ぼんやりと考えていると、霜月はゆっくりと話し出した。
「西尾雛さんで間違いはないですね。あなたが私達を呼び出した経緯は把握しております。
さぞ辛い事でしょう…『長谷川美香』という人物を悪夢に閉じ込めたいのですね?
でも、本当によろしいのですか?色々、私達の事を調べていたあなたの事。代価はなんであるのかわかっていらっしゃるはずです。………それでも、彼女を悪夢に堕としますか?それは、あなたの命を捧げるほどの価値がありますか?大切なものを手放す程の価値がありますか?
…あなたの決意を、覚悟を私に示してください』
霜月が言いたい事はわかる。おそらく、『生きる』という最後のチャンスを与えてくれているのだ。
確かに、美香を悪夢に送ったところで、自分には平和を謳歌する時間ない。でも、いままで味わった苦痛は、死ぬよりももっと辛い。生きてそれを堪え続ける事は、今の雛にはもう無理だった。
「私は……今まで平穏に暮らしていた。友達もいて、真二と過ごす幸せな時間もあって……それだけで幸せだった。でも、それを美香にすべて………クラスの中の自分の存在もすべて消されて、何もかも奪われて……地獄が存在するなら、そっちの方がマシだと思えるくらい……こんな日々を過ごすのは堪えられないの。
もし、地獄に堕ちるなら美香も道連れにしてやりたい。でも、ただ地獄に堕とすだけじゃ私の苦しみは伝わらない。だから、悪夢を………私が味わった悪夢を美香に見せてやりたい……!』
雛は霜月の目を見て、はっきりと伝えた。
揺るぎない覚悟を……。
霜月はしばらく黙っていたが、ゆっくりと頷く。そして、周りを舞っている蝶に向かい手を翳す。するとその中のオレンジ色の光りを放つ蝶が手に留まった。
霜月は、雛の近くに歩み寄り肩に触れる。するとオレンジの蝶は、弾けるように消えた。
「あなたの願いと覚悟、確かに受け取りました。…あなたの本懐をとげる事を約束いたしましょう。『長谷川美香』は近いうちに、私のしもべ『エイプリル』が悪夢へと誘います。
そして……代価はすべてが終わった後、戴きます。
さて……これ以上引き止める訳には参りませんね。では、お戻りなさい……」
霜月がそう言った瞬間、雛はまた眩しい光りに包まれた。
…………
………………―
キーンコーン…カーンコーン…
チャイムが鳴り響く。
雛が目を覚ますと、そこは保健室だった。
「あれ?確か屋上で…」
状況が飲み込めず、上体を起こし周りを見回す。
シャッとカーテンを引く音がし、保健教師が顔を出す。
「よかった!目が覚めたのね。あなた、屋上で倒れてたのよ。貧血かしらね、ちゃんとご飯食べてる?」
「は、はい。えっと……今何時ですか?あと、なんで私、保健室に居るんですか?」
一体誰が連れてきてくれたのだろう……真二は学校には来ていないし、クラスメートは全員雛を嫌っている。すると、保健教師は思いがけない人物の名前を出した。
「今は、5時間目よ。あと、あなたを連れてきてくれたのは…」
―長谷川さんよ―
…なんで、どうして…?嫌な予感しかしない。
雛は、なんとなく制服のポケットに手を入れる。
……何か入ってる。つかみ取り出してみると、二つ折りにしたルーズリーフ。
手が震える。
開いてみると、そこには……
『あんたは死ぬまで私の玩具よ。簡単に壊れちゃダメ。もっともっと………』
―苦しんでね―
……雛の頭の中で、美香の楽しげな笑い声が聞こえた気がした。
《契約》END
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