Episode2~不穏~



―カラン、カラン…―


「あ、キリー!いらっしゃい!」
「久しぶり。アンジェラ」

バー『ハーフムーン』に馴染みの客の一人が来店し、アンジェラはにこやかに出迎える。
キリーことキルエリッヒは片手を挙げ答えると、いつものカウンター席に着く。

「最近、なんだか騒がしいわね…」
「ああ、なんか殺人があったみたいよ」
「………殺人…?」

キリーが眉をひそめ、アンジェラを見る。アンジェラは周りを見回してから、キリーに顔を近づけ、囁く。

「アルマ通りの花売りって知ってるでしょ?」
「…アルマのテンダル橋の近くの小さい花屋でしょ?」
「ええ。そこの娘さんがダッツホルムの路地裏で、死体で発見されたのよ…」
「ダッツ…ホルム」

ダッツホルムとは、ここ、テングルから遠く離れた、主に軍人や役人などが多く住む土地だ。アルマ通りのあるテングルからは大分離れていて、馬車で半日はかかる。
それにダッツホルムは近寄りがたい独特の雰囲気を醸し出しているため、好き好んで行くものはいない。
疑問に思っているキリーに、アンジェラが悲しそうな顔をして話し出した。

「その花売りの娘さんね。ダッツホルムに恋人がいるらしいの。毎週、沢山の食材とか日用品とか買い込んで……馬車で通ってたらしいわ」
「………そう」

本当に好きだったのね……とアンジェラは寂しげに笑う。そんな彼女を見遣り、キリーはここに来る途中に、街の人達が話していた事を思い出した。

『Ripper』

切り裂き魔。
女性ばかりを襲い、首や腹を切り裂く。遺体は見るに耐えないほど無惨な状態で。
一昔前にもこの街にも出現したらしいが、もう捕まり処刑されているそうだ。

「模造犯か…」
「なんだか……ねぇ、最近、この辺でも怪しい人物がうろついているらしいの。まさか、それじゃないわよね…」
「?怪しい人物?」

ええと頷き、アンジェラは出来上がったカクテルをキリーの前に置く。

「背の高いガッシリした体格の男らしいわ。夜中に街を歩き回っているらしいの。何かを探しているみたいに…」
「………」
「まだ被害はないみたいだけど。なんだか怖いわね」

アンジェラがそう言った時、バーの扉が開き客が入ってきた。
じゃ、ゆっくりしていってねと言い、アンジェラは客を出迎える為、ホールに出て行った。
キリーは、暫くぼんやりとカクテルを飲んでいたが、お代をカウンターに置き、接客中のアンジェラを見遣った後、静かに店を後にした。



それがアンジェラを見た最後になろうとは、キリーは想像すらしていなかった。
アンジェラはその夜、仕入れの打ち合わせに行ったきり、帰っては来なかった。




つづく……
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