Episode5~姉妹~
「………ようやくいなくなったわ」
大きな屋敷のテラスで、優雅に紅茶を飲みながら、新聞を眺める女性。
白い肌に、腰までのライトブラウンの髪は緩やかにカールしており、髪同様の色をした瞳は吊り目がちで、強い光を放っている。
ぱっと見や、少し気の強そうな感じが、アルマの花売りに似ている。
「まったくいい気味だわ。大して教養もないくせに、姉というだけで、すべてを手に入れて……バチが当たったのよ」
誰に言うとも無く、自分に言い聞かせるように呟く彼女こそ、アルマの花売り、エナの双子の妹のロアナだ。
ロアナとエナはとても仲が悪い。幼い頃は仲良しだったのだが、二人が15歳になった時からギスギスとし始め、それに耐え切れなくなったエナが家を出た。長女であるエナが家督を放棄した事で、膨大な資産と屋敷をロアナが受け継いだ。
しかし、ロアナはそれが気に食わなかった。
「あの女は自由と私の一番大切なモノをさらって行った。死んだからと言って無かった事になんてできない。………もっと早く死んでくれれば、あんな男と結婚せずに済んだのに……」
―コンコン―
ロアナが忌ま忌ましげに呟き、冷めた紅茶を飲み干した時、テラスの入口のドアがノックされた。
「…はい」
「ロアナ様、旦那様がお帰りになりました」
「そう……。すぐ部屋に戻ります…」
旦那の帰りを伝えた使用人は、ロアナの返事を聞くと一礼し、去って行った。
「さあ……演じますか、良き妻を。少しでも機嫌を損ねると面倒だし」
ロアナは自嘲気味に笑うと、新聞をテーブルに置き立ち上がる。
そして、夫が待っている自室へと向かって行った。
…………―
………―
「お帰りなさい、貴方」
「うむ、今帰った。何か変わった事はあったか?」
「いえ……特にはありませんわ」
「そうか。何かあればすぐに言え、いいな?」
「……………はい」
後々自分が面倒になるからでしょ…と心の中で悪態を付きながらロアナは穏やかに微笑む。
表向きは良い関係に見えるが、お互いに相手には興味が無く、夫婦らしい会話も無い。ただ夫が帰ってくると、報告という形で一言二言会話を交わすのみ。その後は、夫は書斎に篭りっぱなしとなるため、二人で過ごすという時間は皆無。食事でさえ、夫は書斎で摂る。
一体何の為の結婚なのか…。
ロアナ自身も夫をただの家を継ぐ為の道具程度に考えている為、今の夫婦生活になんら不満は無い。
「……ああ、逢いたい。邪魔者ももういないものね。貴方が私のモノになる日は近いわ………」
「ハンス」
ロアナはクスリと笑うと自室に行き、寝室に入る。そこにある、棚を横にスライドさせると、鉄格子のある牢が姿を見せる。牢屋の中には誰かがいるようだ。
ロアナは近づくと、中にいる人物に話し掛ける。
「ご気分はいかがかしら?」
「!!……わ、私をどうするつもりなの…?」
「ふふふ………そんなに怯えないで?貴女には大事な役目があるのよ?殺したりはしないわ……まだ」
「?」
「……見れば見るほど似てるわね。忌ま忌ましいあの女に……」
「………あの女?」
「まあ、いいわ。暫くはおとなしくしていなさい。逃げようなんて考えない事ね。もしそんなそぶりを見せたら………分かるわね?」
「っ………」
「じゃあ、また来るわ」
「……ま、待って!!なんで、なんで私……あの女って誰なの?」
「………貴女は余計な事を考えなくていいわ」
「……でもっ!納得できな………」
―ズキューン…―
「いっ!!」
「うるさいわ。それ以上騒いだら……殺すわ」
氷のような冷たい目で、拳銃を女に向けるロアナ。女の方は弾丸が腕に命中したらしく、ドクドクと血を流しながらうずくまる。
「後で、執事に手当させるから、死ぬことは無いわ。じゃあね………アンジェラ……」
女…アンジェラは靴音を響かせながら去っていくロアナを、朦朧とした意識の中で見送ると、崩れるように倒れ込んだ。
―あの夜、突然襲われて連れ去られた。最初はいつ殺されるかとビクビクしていたが、彼女…ロアナにはその気はないとわかり、少し安心した。
どうやら彼女は自分を誰かと重ねているようで。
その人物の事を聞くと、露骨に嫌な顔をする。しかし、今回のように攻撃してきたのは初めてだ。
そして、最近わかった事は、ロアナは精神が不安定で、浮き沈みが激しいのだ。殺さないとは言ってはいるが、いつ気が変わるかは分からない。
そう、今の状況が危険な事に変わりはないのだ。
「…………た、すけ……て……兄…さん………マルロニ……」
弱々しく呟くアンジェラの脳裏にあの黒猫の顔が浮かぶ。
「……キリー………」
そう言うと、アンジェラは涙を一筋流し、静かに目を閉じた。
つづく…
「………ようやくいなくなったわ」
大きな屋敷のテラスで、優雅に紅茶を飲みながら、新聞を眺める女性。
白い肌に、腰までのライトブラウンの髪は緩やかにカールしており、髪同様の色をした瞳は吊り目がちで、強い光を放っている。
ぱっと見や、少し気の強そうな感じが、アルマの花売りに似ている。
「まったくいい気味だわ。大して教養もないくせに、姉というだけで、すべてを手に入れて……バチが当たったのよ」
誰に言うとも無く、自分に言い聞かせるように呟く彼女こそ、アルマの花売り、エナの双子の妹のロアナだ。
ロアナとエナはとても仲が悪い。幼い頃は仲良しだったのだが、二人が15歳になった時からギスギスとし始め、それに耐え切れなくなったエナが家を出た。長女であるエナが家督を放棄した事で、膨大な資産と屋敷をロアナが受け継いだ。
しかし、ロアナはそれが気に食わなかった。
「あの女は自由と私の一番大切なモノをさらって行った。死んだからと言って無かった事になんてできない。………もっと早く死んでくれれば、あんな男と結婚せずに済んだのに……」
―コンコン―
ロアナが忌ま忌ましげに呟き、冷めた紅茶を飲み干した時、テラスの入口のドアがノックされた。
「…はい」
「ロアナ様、旦那様がお帰りになりました」
「そう……。すぐ部屋に戻ります…」
旦那の帰りを伝えた使用人は、ロアナの返事を聞くと一礼し、去って行った。
「さあ……演じますか、良き妻を。少しでも機嫌を損ねると面倒だし」
ロアナは自嘲気味に笑うと、新聞をテーブルに置き立ち上がる。
そして、夫が待っている自室へと向かって行った。
…………―
………―
「お帰りなさい、貴方」
「うむ、今帰った。何か変わった事はあったか?」
「いえ……特にはありませんわ」
「そうか。何かあればすぐに言え、いいな?」
「……………はい」
後々自分が面倒になるからでしょ…と心の中で悪態を付きながらロアナは穏やかに微笑む。
表向きは良い関係に見えるが、お互いに相手には興味が無く、夫婦らしい会話も無い。ただ夫が帰ってくると、報告という形で一言二言会話を交わすのみ。その後は、夫は書斎に篭りっぱなしとなるため、二人で過ごすという時間は皆無。食事でさえ、夫は書斎で摂る。
一体何の為の結婚なのか…。
ロアナ自身も夫をただの家を継ぐ為の道具程度に考えている為、今の夫婦生活になんら不満は無い。
「……ああ、逢いたい。邪魔者ももういないものね。貴方が私のモノになる日は近いわ………」
「ハンス」
ロアナはクスリと笑うと自室に行き、寝室に入る。そこにある、棚を横にスライドさせると、鉄格子のある牢が姿を見せる。牢屋の中には誰かがいるようだ。
ロアナは近づくと、中にいる人物に話し掛ける。
「ご気分はいかがかしら?」
「!!……わ、私をどうするつもりなの…?」
「ふふふ………そんなに怯えないで?貴女には大事な役目があるのよ?殺したりはしないわ……まだ」
「?」
「……見れば見るほど似てるわね。忌ま忌ましいあの女に……」
「………あの女?」
「まあ、いいわ。暫くはおとなしくしていなさい。逃げようなんて考えない事ね。もしそんなそぶりを見せたら………分かるわね?」
「っ………」
「じゃあ、また来るわ」
「……ま、待って!!なんで、なんで私……あの女って誰なの?」
「………貴女は余計な事を考えなくていいわ」
「……でもっ!納得できな………」
―ズキューン…―
「いっ!!」
「うるさいわ。それ以上騒いだら……殺すわ」
氷のような冷たい目で、拳銃を女に向けるロアナ。女の方は弾丸が腕に命中したらしく、ドクドクと血を流しながらうずくまる。
「後で、執事に手当させるから、死ぬことは無いわ。じゃあね………アンジェラ……」
女…アンジェラは靴音を響かせながら去っていくロアナを、朦朧とした意識の中で見送ると、崩れるように倒れ込んだ。
―あの夜、突然襲われて連れ去られた。最初はいつ殺されるかとビクビクしていたが、彼女…ロアナにはその気はないとわかり、少し安心した。
どうやら彼女は自分を誰かと重ねているようで。
その人物の事を聞くと、露骨に嫌な顔をする。しかし、今回のように攻撃してきたのは初めてだ。
そして、最近わかった事は、ロアナは精神が不安定で、浮き沈みが激しいのだ。殺さないとは言ってはいるが、いつ気が変わるかは分からない。
そう、今の状況が危険な事に変わりはないのだ。
「…………た、すけ……て……兄…さん………マルロニ……」
弱々しく呟くアンジェラの脳裏にあの黒猫の顔が浮かぶ。
「……キリー………」
そう言うと、アンジェラは涙を一筋流し、静かに目を閉じた。
つづく…
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