『私を楽しませられないなら…消えて?この世から(笑)』



《悪女》




…霜月に出会い契約を果たした次の日、雛は学校へ向かい歩いていた。以前は気が重く足が進まなかったが、今はそうでもなくなっていた。
…自分は死ぬのだ。もうじきこの地獄から抜け出せる……美香がいつ悪夢に連れていかれるかは、雛には皆目見当はつかない。だが、霜月が『近いうち』と言っていたのだから、きっとあまり時間はかからないだろう。それまで、彼女の戯れに付き合ってやればいいだけの話。


学校に着き、下駄箱を開けてみる。………なんともなってない。以前のように泥やら、鳥や猫の死体などが入っているのだろうと、想像していたのだが……。雛は少しほっとして、靴を履き変えると教室に向かった。
いつも突っ掛かってくる生徒達が、今日は何も仕掛けてこない。多少気味悪く思ったが、今日は平和に過ごせそうだと自分の席に向かった。しかし、その予想は打ち砕かれた。





………机が…なかった。



………………

雛は自分の机のあった場所に佇み、呆然としていた。今まで、机が廊下に出ていた事は何度かあった。しかし、さっき廊下を見渡したが机はなかった。
クスクスとクラスメートたちが笑っている声が背後で聞こえた。
雛がゆっくり振り返ると、美香を守るように数人の生徒が囲み、雛のことを嘲笑っていた。そして美香も、彼等に見られないように、一人の男子の背後に隠れながら、心底楽しそうに


……………ワラッテイタ……




「お前誰?よそのクラスの奴は来るなよな!!」

「だっさーい(笑)(笑)」

「焦ってやんの、馬鹿じゃねーの?」


……ああ、私はついに存在そのものを消されたのだ。雛はため息を一つ吐くと、教室の出入口に向かう。その態度が気に障ったのか、一人の男子が雛の髪を鷲づかみ、すごい力で引っ張った。頭皮からブチブチと音がする。


「!!い、痛い!!」

ガシャーン!と机にたたき付けるように雛を引き倒す。そして、横たわる雛を囲み、クラスメートはまた暴力を奮う。

「ふざけんなよ!玩具の癖によ!!ストレス解消させろよ!!ブス!」


「美香にあんなひどい怪我させといて、黙って逃げる気?卑怯者!!」


「美香に謝れよ!そして死んじまえ!お前なんてこの世にいらねぇよ!ゴミが!!!」


ガッ!!


「い、いだ…い…。あがっ!!」


顔を思い切り蹴られ、雛は手で抑える。しかし、その手を押さえ付けられ、仰向けにされる。


「顔、ぐちゃぐちゃにしてやろうぜ!!ちっとは見れるようになるんじゃねぇ?」

「いいわね!私もやるわ!さあ!美香の仇!」


ガ!ガ!ガ!


「うぐっ……ぐは………や、やべて……」


雛の顔は血だらけ、前歯はすべて折れた。雛は霞んでいく意識のなか美香を見る。美香は口を抑えて肩を震わせ、笑いを堪えているようだった。そして、雛に綺麗な笑顔を一瞬みせると、

「や、やめてよぅ!!可哀相だよ!!」


目に涙を一杯溜め叫ぶ。
その途端、皆の動きが止まる。


「で、でも、この子美香の可愛い顔ひっぱたいたのよ?」

「美香は優しいから……死んで当然なんだよ、こんな奴」


「でも!可哀相だよぅ…私なら大丈夫だょ?だからお願い。ね?」


「美香がそう言うなら……チッ!美香に感謝しろよ!ブス女!!」

「美香に庇って貰ったからっていい気にならないでよ!!」


クラスメート達は雛に、捨て台詞を吐いて、教室を出て行った。
教室に残ったのは、美香とボロボロの雛。美香は笑顔を浮かべながら雛に近寄る。


「どう?嫌われ者の気分は?楽しんでくれた?」


「……………」

何も答えない雛にいらついたのか、雛の腹部を思い切り踏み付ける。


「ぐはっ……!!げほ!」


「あーあ、きったなぁい(笑)……なんかさぁ私、あんたの事飽きちゃった。全然おもしろくないんだもん。…………死んでくれる?役立たずの玩具はいらないから…。心配しないで!真二くんは私が大事にしてあげる(笑)(笑)ふふふ……バイバイ、壊れたガラクタさん♪」


フワリと髪を靡かせ、雛に背を向け教室を出ていく。その後ろ姿を霞む視界に捕らると、雛は静かに意識を閉じた。

あの後、雛は救急車で運ばれた。美香は教師や警察に泣き落とし、知らなかったとしらばっくれた。

そんな美香を見つめる四つの目。一人は少女、もう一人は青年。二人ともシルクハットにタキシードを身につけており、手にはステッキを携えている。


「あの娘が美香か……。ここまで最低だとかえって清々しいわね。霜月さまによると、前科もあるみたいだし……」

「…霜月さまの言うとおり、急いだほうが良さそうだな、エイプリル」


青年…ジューンにエイプリルと呼ばれた少女は力強く頷く。そう、彼女達は霜月のしもべ『ナイトメア』なのだ。
実は、雛が儀式をした時から、下調べを兼ね雛の身辺を探っていた。が、まさかここまで悪化しているとは…さすがの二人も予想出来なかった。

「雛って子が嫌われてるだけかと思ってたけど……ここまでやるなんて……」

「大方、あの美香って奴がクラスの連中に嘘を吹き込んだんだろう……」

「知らないってある意味、大罪よね………つまり、雛は嵌められたって事か……よし!悪夢の内容は決まったわね!ジューン!」

「そうだな、今夜中に仕留めよう。チャンスは一回だ。しくじるなよ、エイプリル」

「うん。だってジューンがいるもの!大丈夫!!」

「ふっ…ああ、任せておけ……」

ジューンはエイプリルの手の甲に口づけると、青い蝶に姿を変える。そして、エイプリルもオレンジの蝶に姿を変え、ジューンの後を追う。



―誘う準備は出来た……さあ始めよう、終わりなき地獄の悪夢を!!




《悪女》
END

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