『美香が悪いっていうの?ふざけんじゃないわよ!!』
『地獄』とはこの事をいうのか……クラスメートの美香に対する制裁は回数を経るごとに酷くなっていく。美香がどんなに訴えても、泣き叫んでも誰も耳を貸そうとしない。それどころか、ますます酷い扱いをされる。そう、それは、美香に唆され、クラスメートが茜に対して行っていたこと。
しかし、美香は頑として譲らなかった。プライドの塊のような美香にとって、己の罪を認める事は出来なかったのだ。そのうち、心身ともに疲弊した美香に、精神的に大ダメージを与える出来事が起きた。
「………え?」
自分の机に飾られた、菊の花を生けた花瓶。呆然としている美香を嘲笑うように眺めているクラスメート達。……それは、茜が自殺を決めた出来事だった。美香が後ろを振り返ると、皆に守られるように囲まれている茜。
そして茜は…
茜の顔を見た美香が息を呑むと、クラスメート達が美香を取り囲んだ。すると突然髪を捕まれ、床に引き倒される。驚きと恐怖と痛みとで声が出せない美香をいいことに、殴る蹴るの暴行を始める。腹を蹴られうずくまると、両手を押さえ付けられ、顔を思い切り蹴られる。
「ぐ……あ゛ぁあ゛……い゛い゛だい゛ぃ」
美香は瞬く間に血まみれになり、吐血し鼻血と涙を流し、のたうちまわる。
「こんな奴、生きる価値なんてねぇよ!!もっとやってやろうぜ!」
「いいわね!私もやるわ!茜の仇!!」
ドガ!バギィ……
「あ゛ぅあ……い゛だい゛よぉ……や…め……でぇ……」
顔を踏み付けられ、前歯がすべてへし折れる。鼻はもう骨が折れ、血の臭いしかしない。目も開けられなくなってきた。…朦朧としながら美香はこの光景を思い出した。……雛が病院送りになった日の出来事。それが今、自分に降り懸かっているのだ。腫れて開きにくくなった瞼を開け、周りをみると……………雛の姿と、彼女に寄り添うように立っている真二。雛と真二は、悲痛な表情で美香を見つめていた。 しかし、皆を止めようとはせず、傍観しているだけだった。それを見た美香は、激痛の中意識を手放した。
‐―――
…しばらくして、美香は目を覚ました。痛みはなくなっており、怪我もない。
「ゆ、夢?」
夢にしてはやけにリアルで、痛みや苦しみもはっきり覚えている。自分が体験した事を思い出し、一瞬恐怖したが次第に怒りが沸々と沸いて来た。
(なんで美香が、あんな思いしなきゃなんないのよ……腹立つわ……あんな目にあうのは、雛と茜だけでいいじゃない。美香は愛されるために生まれて来たのよ!?)
ギリギリと歯を噛み締めていると、後ろから聞いた事のある声がした。
「俺達の創った悪夢はお気に召したかい?」
美香はハッとし、振り返り、歓喜の声を上げる。
「ジューン!!」
そこには蒼い髪の青年、ジューンが立っていた。駆け寄ろうとした美香だが、彼の隣にいる少女が目に入る。ジューンと同じくシルクハットを被り、オレンジの髪と瞳。エイプリルである。美香は一瞬顔を険しくしたが、ジューンが居る手前、か弱い女の子を演じなくてはならない。美香はエイプリルを一瞥した後、彼女を完全無視してジューンにしがみついた。
「ジューン………美香怖かった……なんで助けに来てくれなかったのぉ?」
美香は目に涙を溜め、上目遣いでジューンを見た。しかしジューンは何も答えず、代わりにエイプリルが口を開いた。
「怖かったでしょう?悲しくて辛かった?……痛かった?あれらはあなたが彼女たちにしていた事。自分さえ良ければいいという、貴方が犯した罪よ」
美香は俯き顔をしかめると、エイプリルを睨むが、ジューンにさらにしがみつき、甘ったるい声で縋る。
「や……何?ジューン…この人怖いよぉ………」
最愛のエイプリルを『怖い』と言われ、ジューンはピクリと反応する。思い切り引っぺがしてやりたい気持ちをなんとか抑え、静かに答える。
「彼女はエイプリル。俺の大事な相棒だ」
ジューンは『恋人』とは言わなかった。言ってしまったらますます美香を刺激して、エイプリルを攻撃するだろう。それだけは堪えられなかった。エイプリルもジューンの気持ちを汲んだのか、何も言わず美香を見つめる。
「貴女は自分のした事で、どれだけの人達が苦しんで、悲しんだか………分かってる?」
美香は心の中で舌打ちをすると、ジューンにしがみついたまま、わざと怯えたような仕草をする。
「ふえぇ……美香知らない……なんでそんなイジワルするのぉ?」
本来なら、大好きなジューンにしがみついて欲しくないが、ここで自分がキレてしまったら、ジューンの苦労が水の泡になってしまう。平常心をギリギリ保ちつつ、エイプリルは穏やかな口調で言った。
「知らない?そんなはずないでしょ?西尾雛は知ってるはずよ。貴女がクラスメートを騙して痛め付けた子よ。あ、後一人いたわよね………」
対して美香は何も答えず、エイプリルを睨みつけたまま。
(ああ……イライラするわ。さっさとどっか行っちゃえばいいのに……)
そう思いながら、ジューンに見えないよう鼻で笑った。
「だから何?」
それを見たエイプリルは、流石にカチンときた。全く悪びれていない様子もそうだが、ジューンが大人しいのを良いことに、ますます密着し始めたのだ。その空気を感じ取ったのか、いままで沈黙していた、ジューンが静かに話し出す。
「霧島茜……覚えているか?君が転校する前の学校で、標的に選んだ女生徒だ」
それを聞いた途端、美香はジューンから離れる。信じがたい言葉を耳にしたからだ。
「き、霧島……茜!?う、そ……」
美香はようやく悟った。なぜ、あの夢の中で茜が出てきたのか。なぜ真二が自分を嫌っているのか。そして茜の言葉の意味も……。
しかし、美香はふんっと鼻で笑うと不適に微笑む。
「ああ……居たっけそんな子。すぐに壊れちゃって、役立たずなつまんない子だったのは良く覚えてるわ」
それを聞いたエイプリルの顔は、怒りに染まっていく。救いようがなかったのだ。彼女は完全に人としての常識や、気持ちが欠落していた。それ故、あの三人がどんなに苦しもうと悲しもうと、なんとも思わない……いや、事もあろうかそれを楽しんでいたのだ。
昔から『人の不幸は蜜の味』と言われているが、彼女は典型的なそれだった。
ジューンは切れ長の目をさらに鋭くし、ステッキを構える。しかし、エイプリルはジューンを制した。
「!?エイプリル…」
「ジューン、言ったでしょ?私がやるって……ありがとうね……」
「………無理するなよ?」
「ん。ジューン、先に行っててくれる?」
「!!………分かった」
ジューンは感づいた。エイプリルは、最終手段に出る気だと。ジューンはシルクハットを目深に被り、美香から離れてパチンと指を鳴らし、蝶の姿になると闇に溶け込むように消えた。
美香は、ジューンが消えた方を、驚いたように見つめていたが、エイプリルに向き直る。
「ねぇ。あんた彼の何?」
先ほどのやり取りが気に喰わない美香は見下すようにエイプリルに聞く。
「貴女には関係ない。今は自分がどうなるのかの心配をしたら?」
冷たく言い放つエイプリル。もはや救おうなんて考えはない。雛や茜、そして真二。その他に被害に遭った子達の痛みを体験させても、彼女には焼け石に水。何も効果がない事が分かった今、もう懺悔の道は断たれた。残されたのは………
「長谷川美香…貴女を悪夢へ閉じ込めます。さあ……断罪の悪夢へ入りなさい」
エイプリルは、橙の宝珠のついたステッキを構え、意識を集中させると、宝珠の周りにオレンジに輝く蝶が舞いはじめる。その蝶たちはやがて美香の周りを取り囲む。
美香は何事かと蝶を払おうとするが、蝶は減るどころか増えていく。
「やだ!何するのよ?」
しかし、エイプリルにはもう美香の声は届かない。美香がオレンジ色の光の塊に飲まれたのと同時に、エイプリルはステッキを振り上げる。
「きゃああああああぁ!!」
響き渡る美香の断末魔のような悲鳴。すると次第にオレンジの光の塊は小さくなり消え、そこにいた美香は姿を消していた。
《愚かな姫の末路》
『地獄』とはこの事をいうのか……クラスメートの美香に対する制裁は回数を経るごとに酷くなっていく。美香がどんなに訴えても、泣き叫んでも誰も耳を貸そうとしない。それどころか、ますます酷い扱いをされる。そう、それは、美香に唆され、クラスメートが茜に対して行っていたこと。
しかし、美香は頑として譲らなかった。プライドの塊のような美香にとって、己の罪を認める事は出来なかったのだ。そのうち、心身ともに疲弊した美香に、精神的に大ダメージを与える出来事が起きた。
「………え?」
自分の机に飾られた、菊の花を生けた花瓶。呆然としている美香を嘲笑うように眺めているクラスメート達。……それは、茜が自殺を決めた出来事だった。美香が後ろを振り返ると、皆に守られるように囲まれている茜。
そして茜は…
ワラッテイタ………
シンソコタノシソウニ……
シンソコタノシソウニ……
茜の顔を見た美香が息を呑むと、クラスメート達が美香を取り囲んだ。すると突然髪を捕まれ、床に引き倒される。驚きと恐怖と痛みとで声が出せない美香をいいことに、殴る蹴るの暴行を始める。腹を蹴られうずくまると、両手を押さえ付けられ、顔を思い切り蹴られる。
「ぐ……あ゛ぁあ゛……い゛い゛だい゛ぃ」
美香は瞬く間に血まみれになり、吐血し鼻血と涙を流し、のたうちまわる。
「こんな奴、生きる価値なんてねぇよ!!もっとやってやろうぜ!」
「いいわね!私もやるわ!茜の仇!!」
ドガ!バギィ……
「あ゛ぅあ……い゛だい゛よぉ……や…め……でぇ……」
顔を踏み付けられ、前歯がすべてへし折れる。鼻はもう骨が折れ、血の臭いしかしない。目も開けられなくなってきた。…朦朧としながら美香はこの光景を思い出した。……雛が病院送りになった日の出来事。それが今、自分に降り懸かっているのだ。腫れて開きにくくなった瞼を開け、周りをみると……………雛の姿と、彼女に寄り添うように立っている真二。雛と真二は、悲痛な表情で美香を見つめていた。 しかし、皆を止めようとはせず、傍観しているだけだった。それを見た美香は、激痛の中意識を手放した。
‐―――
…しばらくして、美香は目を覚ました。痛みはなくなっており、怪我もない。
「ゆ、夢?」
夢にしてはやけにリアルで、痛みや苦しみもはっきり覚えている。自分が体験した事を思い出し、一瞬恐怖したが次第に怒りが沸々と沸いて来た。
(なんで美香が、あんな思いしなきゃなんないのよ……腹立つわ……あんな目にあうのは、雛と茜だけでいいじゃない。美香は愛されるために生まれて来たのよ!?)
ギリギリと歯を噛み締めていると、後ろから聞いた事のある声がした。
「俺達の創った悪夢はお気に召したかい?」
美香はハッとし、振り返り、歓喜の声を上げる。
「ジューン!!」
そこには蒼い髪の青年、ジューンが立っていた。駆け寄ろうとした美香だが、彼の隣にいる少女が目に入る。ジューンと同じくシルクハットを被り、オレンジの髪と瞳。エイプリルである。美香は一瞬顔を険しくしたが、ジューンが居る手前、か弱い女の子を演じなくてはならない。美香はエイプリルを一瞥した後、彼女を完全無視してジューンにしがみついた。
「ジューン………美香怖かった……なんで助けに来てくれなかったのぉ?」
美香は目に涙を溜め、上目遣いでジューンを見た。しかしジューンは何も答えず、代わりにエイプリルが口を開いた。
「怖かったでしょう?悲しくて辛かった?……痛かった?あれらはあなたが彼女たちにしていた事。自分さえ良ければいいという、貴方が犯した罪よ」
美香は俯き顔をしかめると、エイプリルを睨むが、ジューンにさらにしがみつき、甘ったるい声で縋る。
「や……何?ジューン…この人怖いよぉ………」
最愛のエイプリルを『怖い』と言われ、ジューンはピクリと反応する。思い切り引っぺがしてやりたい気持ちをなんとか抑え、静かに答える。
「彼女はエイプリル。俺の大事な相棒だ」
ジューンは『恋人』とは言わなかった。言ってしまったらますます美香を刺激して、エイプリルを攻撃するだろう。それだけは堪えられなかった。エイプリルもジューンの気持ちを汲んだのか、何も言わず美香を見つめる。
「貴女は自分のした事で、どれだけの人達が苦しんで、悲しんだか………分かってる?」
美香は心の中で舌打ちをすると、ジューンにしがみついたまま、わざと怯えたような仕草をする。
「ふえぇ……美香知らない……なんでそんなイジワルするのぉ?」
本来なら、大好きなジューンにしがみついて欲しくないが、ここで自分がキレてしまったら、ジューンの苦労が水の泡になってしまう。平常心をギリギリ保ちつつ、エイプリルは穏やかな口調で言った。
「知らない?そんなはずないでしょ?西尾雛は知ってるはずよ。貴女がクラスメートを騙して痛め付けた子よ。あ、後一人いたわよね………」
対して美香は何も答えず、エイプリルを睨みつけたまま。
(ああ……イライラするわ。さっさとどっか行っちゃえばいいのに……)
そう思いながら、ジューンに見えないよう鼻で笑った。
「だから何?」
それを見たエイプリルは、流石にカチンときた。全く悪びれていない様子もそうだが、ジューンが大人しいのを良いことに、ますます密着し始めたのだ。その空気を感じ取ったのか、いままで沈黙していた、ジューンが静かに話し出す。
「霧島茜……覚えているか?君が転校する前の学校で、標的に選んだ女生徒だ」
それを聞いた途端、美香はジューンから離れる。信じがたい言葉を耳にしたからだ。
「き、霧島……茜!?う、そ……」
美香はようやく悟った。なぜ、あの夢の中で茜が出てきたのか。なぜ真二が自分を嫌っているのか。そして茜の言葉の意味も……。
しかし、美香はふんっと鼻で笑うと不適に微笑む。
「ああ……居たっけそんな子。すぐに壊れちゃって、役立たずなつまんない子だったのは良く覚えてるわ」
それを聞いたエイプリルの顔は、怒りに染まっていく。救いようがなかったのだ。彼女は完全に人としての常識や、気持ちが欠落していた。それ故、あの三人がどんなに苦しもうと悲しもうと、なんとも思わない……いや、事もあろうかそれを楽しんでいたのだ。
昔から『人の不幸は蜜の味』と言われているが、彼女は典型的なそれだった。
ジューンは切れ長の目をさらに鋭くし、ステッキを構える。しかし、エイプリルはジューンを制した。
「!?エイプリル…」
「ジューン、言ったでしょ?私がやるって……ありがとうね……」
「………無理するなよ?」
「ん。ジューン、先に行っててくれる?」
「!!………分かった」
ジューンは感づいた。エイプリルは、最終手段に出る気だと。ジューンはシルクハットを目深に被り、美香から離れてパチンと指を鳴らし、蝶の姿になると闇に溶け込むように消えた。
美香は、ジューンが消えた方を、驚いたように見つめていたが、エイプリルに向き直る。
「ねぇ。あんた彼の何?」
先ほどのやり取りが気に喰わない美香は見下すようにエイプリルに聞く。
「貴女には関係ない。今は自分がどうなるのかの心配をしたら?」
冷たく言い放つエイプリル。もはや救おうなんて考えはない。雛や茜、そして真二。その他に被害に遭った子達の痛みを体験させても、彼女には焼け石に水。何も効果がない事が分かった今、もう懺悔の道は断たれた。残されたのは………
「長谷川美香…貴女を悪夢へ閉じ込めます。さあ……断罪の悪夢へ入りなさい」
エイプリルは、橙の宝珠のついたステッキを構え、意識を集中させると、宝珠の周りにオレンジに輝く蝶が舞いはじめる。その蝶たちはやがて美香の周りを取り囲む。
美香は何事かと蝶を払おうとするが、蝶は減るどころか増えていく。
「やだ!何するのよ?」
しかし、エイプリルにはもう美香の声は届かない。美香がオレンジ色の光の塊に飲まれたのと同時に、エイプリルはステッキを振り上げる。
「きゃああああああぁ!!」
響き渡る美香の断末魔のような悲鳴。すると次第にオレンジの光の塊は小さくなり消え、そこにいた美香は姿を消していた。
《贖罪》
END
END
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