『……これで、良かったんだ。これで…』



《希望の世界》



夜が明けた……。
朝日は静かに街を照らし、色を取り戻していく。

目が覚めた真二は、自らの異変に気づく。
骨折や打撲の後が一つもない。たしかに自分は大怪我を負ったはずなのに……その痕跡はどこにもない。


(どうなってるんだ?………!雛!?)


真二は雛の事を思い出し、急いで支度をすると、リビングに降りた。そして、そこに居たのは……

「あ、真二。おはよ」

茜の姿だった。

驚きで声も出せない真二を、茜は不思議そうに見る。


「どうしたの?ほら!朝ごはん出来てるよ!早く食べて!」


茜は笑顔で手招きをし、自分もテーブルに着く。真二は信じられなかった。だって……茜は……しかし、目の前で笑っている茜は間違いなく現実で、夢とは思えない。
いつまでも突っ立っている真二を見て、茜は溜め息を付いた。


「もう!早く食べないと遅刻しちゃうよ?」


その言葉でハッと我に返った真二は慌ててテーブルにつく。
メニューはトーストとコーンスープにサラダにスクランブルエッグ。和食中心の真二のメニューと違い、洋食メニューは茜がよく作っていたメニューだった。それに安心感を覚えた真二は食べはじめた。

食事中、真二は一つ確かめたい事を聞いてみた。そう……美香の事だ。


「なあ、茜。変な事聞くけどさ……」

「ん。何?」

「……長谷川美香って知ってるか?」


それを聞いた茜はキョトンとし首を振る。


「え?誰?それ。芸能人の名前?」


真二は耳を疑う。
美香を知らない?どうなっているんだ………。慌て、カレンダーに目をやるが確かに日付は美香と最後に会った次の日の日付だ。つまり昨日、間違いなく美香に会っているはずなのだ。もっと茜に聞いてみたかったが、時間もないため諦め、家を出た。



学校に着き、再び真二は信じられない光景を目にした。
雛がクラスメートと楽しそうに談笑している。
確か雛はイジメの標的になっていて、今は大怪我をし入院していると聞いた。
真二の視線を感じたのか、雛がこちらを向いた。


「あ、真二!おはよう!!」

ニコニコと手を振る雛に真二は駆け寄る。


「雛!お前怪我は?」

「へ?怪我?なんのこと?」

見た感じ元気そうで、嘘をついているとも思えない。そこで真二は雛にも美香のことを聞いてみた。


「なあ、……美香って知ってるか?」


雛は、不思議そうに真二の顔を見、少し考えた後、答えた。


「……だれ?それ。アイドルか何か?」


やはり、雛も反応は同じだった。真二はクラスメート達にも同じ質問をしてみたが、答えは一緒だった。
隣のクラスの人達や教師ですら美香を知らないというのだ。……まるで初めから存在していないかのように………。
美香は一体どこに行ったのか………正直、美香に対する思いなんて怒りしかない。むしろ思い出したくもない……。ふと、夕べの事を思い出す。




昨晩、ベッドでウトウトしていた時、夢の中に霜月に会った。霜月は約束通り美香を悪夢に閉じ込めた事を真二に伝え、こう言っていたのだ。


「長谷川美香の魂と、貴方の…彼女たちの、今まで苦しんで生きてきた魂をいただきます」


と………。


その時は理解出来なかったが、今、ハッキリと分かった。『代償』の意味を…。おそらくそれは、罪に気付くか気付かないかによるものだと。そして、願いの内容によるものだと。


真二も雛も、『殺してくれ』とは頼んでいない。『悪夢を見せてほしい』『自分たちの苦しみを味あわせてほしい』と願った。ナイトメアは美香に悪夢を見せ間違いや罪に気付かせ、懺悔を望んだのだろう。きっと美香は、罪を認めるどころか気付く事も出来ず、悪夢に落とされたのだ。
結果、美香の存在は消え、死んだはずの茜が生き返った(?)
ここは美香が存在しない……そんな時間軸なのだろうか。


真二は、考えるのをやめた。美香はいない。それでいいじゃないか。


最後に霜月はこう言った。

「人を呪わば穴二つ……今回は貴方の命を代償とはいたしませんが、次は分かりません。もう二度と呪いに手を出してはなりませんよ」


ああ、もうやらない。きっともう、やる必要もないだろう。


ナイトメア………それは

罪人に罪を気付かせる存在。




《希望の世界》

END
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