導く者



『ふふふふふ……はははははははははははははははは………だからどうしたと言うのだ。お前の戯言に過ぎん』

口を歪ませ嘲笑う間宮。なるみと夕はそれぞれ武器を構える。
間宮はそんな二人を尻目に、倒れている楓に近づき屈み込む。

『お前は私のモノだ…そうだろう?楓』

愛おしげに楓を見つめ、手を伸ばそうとした間宮だったが………



バチッ



電気が走ったような音と衝撃に、間宮はビクリと手を引っ込めた。

『か、楓!?何故…何故だ!!何故私を受け入れない?!』

一人喚く間宮を無視し、声が響く。

『和馬…さん……た…助けて』
『楓さん!!………っつ』

楓の声を聞いた和馬は走り寄ろうとするが、二人を取り巻く黒い影に弾かれる。

「か、和馬!!」
「楓さんは間宮を拒絶しているわ。どんな力が働いて………!!もしかして」
「?どうした、なるみ」

なるみは懐中時計を彼女に渡した事を思い出した。

「……懐中時計。楓さんの和馬さんへの想いが詰まった懐中時計が、楓さんを間宮から護ろうとしているんだわ!」
「!!そうか……だったらさっきの現象の説明はつくよな!!」
「うん!でも問題は……」


どうやって間宮から楓を取り戻すか……。

二人の周りには未だに黒い影が荊のように絡みつき、なるみ達の接近を拒んでいる。現に和馬もそれで負傷している。無理矢理近付くのは危険過ぎる。
その時、あの老人の言葉を思い出した。


『この先どんな事があろうと、お互いを信じ助け合うんだよ。君達の絆は、百年以上の時に流されながらもしっかり繋がっている。楓と和馬くんを助けてやってくれ……そしてあの男に思い知らせてやれ、君達の絆の力を』


「絆の……力……!」

なるみは夕の手を掴み間宮と楓を取り囲む影に走る。

「お、おい!なるみ?」
「夕くん、私たちの絆の力間宮に見せるのよ!力を貸して!!」
「お、おう!」



二人は大きく振りかぶり……


ザシュッ



荊の影を切り裂いた。


二人はその隙に、間宮に近付く。

「間宮、やっと近づけたぜ」
「楓さんを返して貰うわ!」
『!!』

結界を破られたうえ、武器を突き付けられ、焦りをあらわにする間宮。恐らく彼にとって予想外な展開ばかりなのだろう。
支配したはずの楓に拒絶された事も、なるみ達の強さも………。ヘナヘナとその場に座り込みうなだれる。

『な、何故だ………何故思い通りにならない。私が……私が造り出した世界のはずなのに……』

迷宮に楓を閉じ込め、苦痛や悲しみの記憶だけを見せ、自分のいいように操作したはずのこの迷宮。しかし、負の記憶のみを残した桜は解放され、楓の元に辿り着けないように惑わしていたはずの和馬はこの部屋へ入ってしまった。そして一番の誤算は………


『まさか……楓と和馬の生まれ変わりがいるとは……』


誰にも干渉されないはずだった。
誰にも邪魔されず、楓といられる場所にしたはずだった。
誰かが総てを知りなるみ達をこの迷宮に引き寄せた…………それしか考えられない。ならば誰が……?



『私だよ。秀志君』



間宮はビクリと肩を震わせゆっくり振り返る。一方、なるみと夕は顔を見合わせる。

「この声……」
「どこかで聞いたな…」

二人も声のした方を向き目を見開いた。

「売店のおじいさん……」
「……マジか……」


そこには、売店でなるみ達に武器をくれたあの老人が立っていた。



『な、なぜ…貴方が…』

思いがけない人物の突然の出現に、間宮は言葉を失った。

『なぜ…か。結論から言えば楓や和馬くん…そして桜くんと同じ、私も残留思念の一つ。心残りがあったため、この迷宮に誘われた……と言ったところか』

話ながら老人はゆっくりと間宮に歩み寄った。
そして、間宮の前に立つ。

『間宮くん、この迷宮はもはや君の思い通りにはならない。君も薄々感じでいたのだろう?この子達の存在を知った時に…』
『……』
『君は怖いのだ。総てを……自分が犯した罪を認めるのが。楓を欲するあまり、周りが見えなくなり殺人まで犯した、あの時の自分が怖くて仕方がないのだろう?』
『……っ』

老人の言葉になるみと夕は首を傾げる。
間宮が怖がっている…自分が犯した罪を……

二人の心情を読んだのか、老人は話し出した。

『彼…秀志くんは私の恩師の孫なのだよ。まだ赤子の頃に流行り病で両親を亡くした為、先生の元に引き取られた。彼には両親に愛された記憶がない。また先生も多忙な方で構う暇もなかったそうだ。彼は「愛」という物を知らずに大人になってしまったのだ』
「そうだったの…でも、それと罪を認めるのを怖がるのとどういう関係が?」

老人は間宮を見ると、悲しげに目を伏せた。

『秀志くんは何も知らない。やってはならない事も、言ってはいけない事も。いけない事をしても叱る者もいなかったのだから…そんな人生を当たり前に生きてきたのだ。その陰で先生が苦労していた事も知らずに……先生が病床にふけってからますます酷くなっていった。そんな秀志くんを見て、先生は凄く悩んでいた。事件の数日前、私は先生に呼ばれて「あの子をああしてしまったのは自分だ。もし、あの子が何か話を持ち掛けて来ても断ってくれ……」と。「それでも食い下がるようなら、私の事など気にせず追い出してくれ」と。あの日、私はそのつもりだった。あんなに必死な楓の顔を見て、秀志くんの言葉に疑問を持ちはじめた。もう一度…もう一度秀志くんに聞いてみようと。でも、それは叶わなかった』

なるみと夕は老人を見つめた。黒い茨を切り裂いた事で、楓の側に行くことが出来た和馬も彼女を抱え老人を見つめた。
そんな中、老人は静かに目を閉じた。

『ああ。あの日………』


※残酷、流血描写あり。苦手な方はご遠慮ください。


……コンコン……

「どうぞ…」

楓が家を飛び出した後、一人書斎で考え事をしている雅久の元に来客が来た。

「お義父さん」
「………秀志くんか」

雅久はゆっくりと椅子から立ち上がり、間宮の前に立つ。
一方の間宮は微かに顔をにやけさせる。

「どうかしましたか?さっき、楓が家を飛び出していく所が見えたので……」

心配で……と、さも今来たばかりだといった雰囲気を出し、問い掛ける。雅久はそれには答えず、間宮の顔をじっと見つめた。そんな雅久に疑問を抱きつつ問い掛ける。

「……いかがいたしました?私の顔に何か?」

出来るだけ平静を装う間宮に、雅久は静かに切り出す。

「……秀志くん。楓と和馬くんの関係がいかがわしいのは間違いないのかい?」
「何を言うかと思えば。確かに間違いありませんよ?」

笑みを浮かべ肯定する間宮に、雅久は背を向ける。なんとなく、この時間宮は嫌な予感がした。
……嘘がばれたか。
僅かに歪んだ間宮の顔が見えるはずもなく、雅久は独り言のように話しはじめた。

「楓は……あの娘は今まで交際などしたことはない。親の私や使用人の男性としか関わろうとしなかった。でも、あの娘は和馬という青年を一途に思っている。父親として、あの娘を信じてやりたい。和馬くんと共にある事で楓が幸せなら……私は……」

いつも穏やかな楓のあんな必死な姿は初めてだった。雅久は、そこまで自分の娘に思われている和馬という青年に会ってみたい、話をしてみたいと思いはじめていた。そして……不確かな噂ではなく自分の目で彼を見極めたい。それはきっと親である自分の努めだ。

……全く予想外な言葉に、間宮は戸惑うと同時に怒りが沸き上がる。

(何故だ……何故私の言うことを聞かない!?)

目の前にいるこの男は、恩師の孫で家柄もいい自分より、薄汚い出来損ないの軍人の事を信じると言ったのだ。これは……自分に対する侮辱だ。
俯き拳を握りしめる間宮の胸にはどす黒い殺意が渦巻いていた。

思い通りにならないなら…………



コロシテシマエ




間宮がそんな事を考えているなど知るよしもなく、雅久は「話しは終わりだ」と間宮の脇を通り過ぎ、部屋を出ようとした。が、


ザク……




僅かな衝撃と焼けるような痛み……刺されたと雅久が気づくのにそう時間は掛からなかった。

「ひ、秀志くん…何を…」
「貴方も祖父と同じ様に私の言いなりになっていれば、まだ生かしておいたものを」
「秀志……くん……」
「でも、もう貴方も潮時、用済みです。もう少し上手く動いてくれると思っていたのに…残念ですよ」

初めて知った間宮の本性。いつも自分の前では好青年であった間宮。しかしそれは、自分を油断させる為の芝居だったのだ。自分はなんて間違えを犯してしまったのか……。しかし、それに追い撃ちをかけるように間宮は恐ろしい事を口にした。

「まあ、貴方一人逝くのは寂しいでしょうから、2階にいた二人は先にあの世に送っておきました。あちらで仲良く三途の川でも渡ってください」
「!!……か、香澄達まで……秀志くん!君はなんて事を…」

そんな雅久を見下ろし、間宮は容赦なく短刀を振り下ろした。


ザクッ…ザクッ…ザクッ…



「ぐ……あ………か、えで………すまん……」

動かなくなった雅久を歪んだ笑みを浮かべ見下ろしていると、


トタトタ……



何者かがこの部屋に向かっている足音が聞こえた。間宮は雅久に短刀を突き刺したまま、部屋の明かりを消し、窓から逃げ出した。その直後、


キィ…



「真っ暗。何も見えないわ」

桜がやって来たのだ。







………――
……―
…―

『秀志くん、君は自己中心的な歪んだ愛の為に関係のない者を巻き込み、不幸にしてきた。桜くんや香澄と孫まで…まだ解らないのか?』
『っ!だ、黙れ!私は…私は楓を愛している!私達が結ばれる為の犠牲なのだ!利用価値がないから消した。ただそれだけだ!!』
『秀志くん…そうか、君は気付いていないのか。何故迷宮にいるのか……』
『な、何を訳の解らない事を!私が創り出したのだ!当たり前だろう!?』

すっかり冷静さを失い、喚く間宮に老人…雅久はゆっくりと首を振る。

『ここは、君が創り出した世界ではない。君を始め、楓や和馬くんに桜くん、そして私の意識と心が絡み合い出来た世界なのだよ』
「え……」
「て事は……」
『君は死した皆を自分の駒として迷宮に縛り付けた。罪と絶望だけを背負わせて。総ては自分の為に。自分の手は汚さずにお互いに潰し合わせ、邪魔者を排除したのちに楓を自分の元に縛り付けるつもりだった』


………―
……―


「……そんな…酷い!」
「間宮……てめぇ…」

全ての元凶はやはり間宮だった。
愛や人を慈しむ心が欠落しているとは言え、はいそうですかと許せるものではない。楓や和馬だけでなく、二人を取り巻く者たちを次々に殺し傷つけた男。
そればかりか、死霊となった楓達に絶望や憎しみを背負わせ、争わせ楽しんでいたのだ。
怒りをあらわにするなるみと夕に雅久は静かに首を振った。

『確かに秀志くんは犯罪を犯した。が、その原因を作ったのは彼を取り巻く環境。私たち大人は彼に教えてやる事が出来なかった。その報いを受けたまで……』
「で、でもっ!!たとえそうだとしても、楓さんのお姉さん達や桜さんも巻き込んだのよ?」
「許される訳ないじゃねぇか!こんな奴!!」

納得いかない……不満をぶつける二人に雅久は静かに目を閉じる。

『秀志くん。覚えていないのか?君の……最期を』
『ぐ……!!』
『………覚えているのだな』
『だ、黙れ…!!』
『まだ逃げるのか…そうやって罪を重ね続けて』
『や、やめろやめろやめろ…………』

苦しみだした間宮。
一体何が起こっているのか……。なるみと夕、皆が間宮を見つめる。と、次の瞬間、



ヤメロォォォ



……間宮の絶叫が響いた。


……―
…―

高見沢邸の事件からしばらくたったある日…、間宮の元に三人の役人がやって来た。

「間宮秀志だな」
「そうですが……。役人の方がなんの御用ですか?」
「お前を殺人の容疑で逮捕する」
「なっ!!」

役人の二人が暴れる間宮を取り押さえた。

「は、離せ!!俺がやったという証拠があるのか!?」

喚く間宮に一枚の紙を見せた。それは……

「逮捕状だ。一緒に来てもらうぞ」
「!!!ふ、ふざけるな!!必ず訴えてやるぞ!離せ離せ……………


離せぇぇ!!




………―
……―

『その後、君は拷問死したのだよ。楓と同じように』
『!!』
「え?」
「な、んだと?」
『本当なら君の魂はあの世に旅立つはずだった。しかし君は死を受け入れられずに、『契約』をしたのだ……この迷宮と』
「契……約……」

契約とは何なのか……。
間宮の歪んだ思いが生み出したものではなかったのか………。
この迷宮は一体なんなのか……。



………本当の真相まで、迷宮の正体まで後少し…………。


スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。