迷宮




………―
……―


『もともと、この迷宮は秀志くんの意識から生まれた。確かに、彼が作り出したのだ』
「でも、今は間宮の思い通りにならない…なんでだ?」
「楓さん達を解放すればこの迷宮は消えるの?」

迷宮は一体どういう存在なのか。どうしたら無くなるのか。なるみと夕は雅久に答えを求める。

『この迷宮……いや、この空間は人の想いに反応し、力を強くする。最初は秀志くんの想いしか存在しなかったこの空間に、楓が引き込まれ、それを追うように和馬くん、桜くん……そして香澄や私も引き込まれた。色々な想いが重なり合い絡み合い、この形になった』
「じゃあ、最初はこんな外見じゃ無かったのか……」
『初めこそ秀志くんの願いを聴き入れていたが…君達、なるみくんと夕くんが来た事で、迷宮は主を変えた。………君達を選んだのだ』
「迷宮が…私たちを選んだ……?」
『うむ。迷宮は想いの強さに順応する。君達はここに来たとき、なんと願った?』

二人は一番最初にこの迷宮に来たときの事を思い出す。

「なんとしてでも脱出する…」
「元の世界に帰りたい…確かにそう考えていたわ」

二人の答えを聞き、雅久はゆっくりと頷いた。

『その想いは君達の核となるもの…この迷宮をさ迷い、真実を見聞きし何を思った?』

今まで見てきた様々な惨劇。苦しみもがきながらも、互いを想い存在を信じている楓と和馬。
楓を案じながらも和馬への想いを捨てきれず、罪悪感と自己嫌悪で精神を痛め付けていた桜。
実の娘の事を信じられなかった事を悔やみ、さ迷う雅久。

……救いたい。傲慢かもしれないが、きっと私達ならば出来る。そう思いはじめている事に気づいた。

「救いたい。楓さんも和馬さんも桜さんも。この迷宮に囚われている人達を、解放してあげたい……」
「俺一人じゃダメでも、きっと二人なら……なるみと一緒なら出来る。そう思いたい……いや絶対出来るさ」

雅久は二人の答えに満足したのか微笑む。そして力無く座り込む間宮に目を向ける。

『秀志くん…解るかね。君に足りない物が。何故、迷宮が君を見限ったのか……』
『…』

何も答えず唇を噛み締める間宮に雅久は静かに言った。

『もし秀志くんが本心から楓を思ってくれているだとしたら、有り難い事だ。しかし、君のそれは愛ではない。独りよがりの想いをぶつけているだけだ。自分の物にしたい…側に置きたい。そのために犠牲になった者に対して何の懺悔もない。………楓は気づいていたよ。君が自分の利の為、自分を利用しようとしている事に…』
『!!』
「利用…?」
「どういう事なの?」
『……それは、間宮さんの家の事情を、私が知ってしまったから……』
「「!!」」

皆が声のした方を振り向くと、和馬に支えられ起き上がった楓がいた。


『楓さん、何を知ってしまったんだ?』

神妙な面持ちで、楓に語りかける和馬と一度目を合わせ小さく頷き、再び視線を戻し語りはじめた。

『間宮さんには沢山の借金があったんです。それはもうかなり金額が膨らんでいて…。間宮さんの御祖父様が倒れたのは、恐らく…借金返済の為にご苦労なされたからです』
「借金?」
「でも、それをなぜ楓さんが…」

疑問を投げかける、なるみと夕を見、楓は目を伏せる。

『高見沢主催の茶会で、初めてお会いした時、地上げ屋の方がいらしていて、呼び止められたんです。最初はお父様のお知り合いかと思っていたのですが、どうやら間宮さんのお知り合いのようだったので、彼の居場所を教えた後、なんとなく後をついていったんです。そしたら…』
「借金の返済の件だったと」
「でも、それと楓さんとなんの関係が?」

地上げが必要な借金など縁のない二人は、よく解らない。それに、借金返済なら間宮は腐っても金持ちの御曹司なのだ。自分でなんとかなるはずだ。なぜ楓が巻き込まれなければならないのか……。すると楓が着物の裾をキュッと握り、間宮を見た。

『彼はこう言っていました。「そろそろ大きな土地が手に入る。…高見沢の土地をやる」と。それを聞いた時、私は彼の思惑に掴まってはならない。高見沢を守らなくてはと思い、婚約をお断りしました。……間宮さんが欲しかったのは、私ではない。高見沢だったんです』

間宮は最初から高見沢を手に入れるつもりで、楓に近付いたのだ。婚約をし、婿入りすれば、高見沢の総てが手に入る。しかし、間宮には誤算があった。

「確か、お姉さんがいましたよね。次女の楓さんと婚約してもダメなんじゃ…」
「おい…まさか。香澄が殺されたのって………」
『…………香澄が死ねば、財産分与は自分に有利になる。それが狙いだったといったところか…香澄の夫は戦地に行っていたし、帰ってくるかも解らん』
『…なんて事を……間宮、貴様……!!』

皆の前で露見した悪意と蛮行。もはや言い逃れは不可能となった。

「間宮、観念しな」
「貴方だけは絶対赦さないわ!」

詰め寄る二人に、間宮は俯いたまま肩を震わせる。
………が、

『…ハ、ハハハハハハハハ!!赦さない?観念しろ?…………片腹痛いわ!!』

間宮はそう言うと、天を仰ぎ叫んだ。

『迷宮よ!私の魂と引き換えにここにいる哀れな者共にに、完全なる無を与えよ!』




ゴゴゴゴ………



突き上げるような地響きと共に、凄まじい気配が近付いて来る。
それは間宮をあっと言う間に飲み込み巨大な黒い固まりとなった。

「な、何が起きてんだ!?」
「解らない……でも」

……何かが始まる。
二人は身構える。和馬も楓を護るように抱きしめ、間宮を見つめる。

『ははははは!さあ、迷宮よ。我が願いを叶えよ!』

どす黒い影は次第に間宮に流れ込み、完全に一体化した。

『ふふふ……ああ、実に気分がいい………さあ、跡形もなく消し去ってやろう』

間宮は不敵に笑い、両手を広げた。

「やべぇ……なるみ、油断すんなよ」
「うん………夕くんも気をつけて」

二人が武器を構えた瞬間…



―ぶしゅぅ……―


何かが勢いよく吹き出る音……と同時に、




『ぎゃあああああ!!?』


間宮の悲鳴が聞こえた。



『やはりこうなったか……。一度見限った者に、迷宮は力を貸しはしない。秀志くん、君の願いは却下されたようだ』

大量に出血しながら、苦しみにのたうちまわる間宮を見つめ、雅久は静かに呟いた。

『な、何故だあ!!契約を交わした私を!何故何故………………何故ぇ!!

雅久は苦痛に顔を歪め、喚く間宮を見据える。

『言っただろう…。この空間はすでに君の意志から離れている。いくら契約を果たそうとも、選ぶのはあちらだ。それに君は今まで散々楓達を苦しめてきた。もう願いは叶っただろう…?』
『馬鹿な…馬鹿な馬鹿なあ!!い、嫌だ!消えたくないっ!死にたく……ない!!』
『秀志くんよ。この空間を…迷宮を作り出した時、すでに君はこうなる運命だった。それをこの世界は見越し、新たな救いの意志を呼び込むよう、私や桜くんを引き込んだ。君の罪を知っている私達を、な。そして、救いの意志は、100年以上たったこの時に現れた。「生まれ変わり」として』
『ぐ…ぐぐぐぐ…』
『秀志くん…「絆」の力を甘く見過ぎた…君の負けだ。』
『あ゛……あ゛ぁぁあ゛あ………』

まるで、砂の城が崩れるようにボロボロと形を失い始める間宮。
なるみと夕、楓と和馬はただただその光景を見ているしかなかった。



『いやだああああ!!』



一際大きな断末魔を残し、…しばらくすると、間宮の居た場所には何も残ってはいなかった。

































第十二話《完》



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