桜
――…
―…
なるみと夕はもう一つの封鎖されていた扉の前に立っていた。
先程の親子に襲われた部屋を再び探索してみると、本棚の引き出しに鍵を見つけたのだ。
もしやと思い、立ち入り禁止のテープが貼られていたドアの前に行ってみると、テープは無くなっていた。
「しっかし、不思議なもんだな」
夕が腕を組んでドアを眺め呟く。それを聞いたなるみはコクリとうなづいた。
「うん。なんだか誘導されてるみたいね。最初の部屋も鍵を見つけたらいつの間にか入れるようになっていたし」
「…ん。ま、考えたても仕方ないよな。この場所や今の状況なんて説明つかないし。それに俺達が何らかの事に関わっているみたいだしな」
「………」
…そう。それが一番の疑問だ。何故自分達なのか。たとえ生まれ変わりだとしても、何故自分達がこんな事に巻き込まれなければならないのか………。
なるみにそっくりな楓という少女。
そして、夕が言っていた夕にそっくりな青年、和馬と楓との間にあった出来事の真相。
和馬がこの迷宮をさ迷っている訳。
もし、和馬が自分達をこの迷宮に誘ったとしたらば、なんの為か、その真意。
…そして、何故楓が犯罪者と呼ばれているのか。
クリアにしなければならない事柄は山積みだ。
しかし、夕の言う通り自分達が色々考えた所で仕方がないのかもしれない。
…今はとにかく前に進むしかないのだ。
「じゃ、入るぞ」
「…うん。夕くん…」
「ん?」
「……私、大丈夫だから」
「……」
「何が見えてしまっても、受け入れてみせる。だから…」
「ん…どうした?」
「だから……側に…居て、くれる?」
一言一言、搾り出すように呟くなるみに、夕は軽く目を見開くと、ふっと笑う。そして、俯き赤面している彼女の手をそっと握る。なるみはハッと顔を上げ、夕を見る。
「当たり前だろ?二人で元の世界に帰るって約束したじゃないか。それに…」
「ゆ、夕く…」
「君は今度こそ俺が守る……誓うよ」
「……っ夕くん……ありがとう…」
逢って間もない夕に、懐かしい安心感を覚えるなるみ。前世の自分が何をしてしまったのか……不安に押し潰されそうななるみの心は、夕の真っ直ぐな暖かい言葉に優しく包まれる。
…以前にもこんな事を言われた気がする……。
それはきっと、なるみと夕の中に僅かに残った、楓と和馬の暖かな記憶の断片なのだろう。
嬉しさに涙を零すなるみの頬に手を沿え、その涙を拭う夕の手は、言葉同様暖かかった。
――…
―…
―和馬さん……私を愛してる?―
―ああ、もちろん―
―どんな時も…私を信じてくれる?―
―ああ―
―どんな時も…私を護ってくれる?―
―ああ、必ず―
―たとえ遠く離れても、どの世界に生まれ変わっても私を見つけてくれる?―
―ああ、必ず見つけるさ―
―…ありがとう……和馬さん。…………愛しています―
―俺も……愛してる………楓……―
――…
―…
「な、なに?ここ」
自分そっくりの謎の少女に襲われ気を失い、目が覚めると見知らぬ部屋にいることに気がついた里穂は、ただただ呆然としていた。
部屋は荒れ果ており、不気味な静寂に包まれていた。里穂はなんとか体を起こすと、周りを観察する。
「こ、ここはどこなの…?」
「ふふ……ここはね、私が罪を犯した部屋よ…」
突如、背後から聞こえた声に背筋が凍りつく。
「私が…親友を………『殺した』部屋。クスッ……なかなかいい雰囲気でしょ?」
「こ……ろし……た?」
信じがたい言葉を背後に聞きながら、感じていた疑問を口にした。
「なんで……なんで私がここにいるの…?…そしてあなたは誰?」
背後で気配が動いた。
「なんで私…?それはねあなたは私だからよ…」
「貴女が私…?」
「そう…貴女は私、私は貴女よ」
「う、嘘……私は…貴女とは違う…」
「何が違うというの?貴女だって、あの子を疎ましいと思っているでしょう?」
気配が近付く。里穂は振り向く勇気がなく、ギュッと目をつむり俯く。背後の気配は、そんな彼女のすぐ側まで来た。
「あの子がいなければ……あの子は何故あんなにチヤホヤされるの?何故私を自分の側に置いてるの?……疑問に思った事はない?」
「……あ、あの子?誰の事?いつも側に……?まさか……なるみ?わ、私そんな風に思ったことないっ!なるみは私のたった一人の親友よ!?疎ましいなんて……」
「嘘ね。貴女はいつも感じていた筈、彼女さえ…彼女さえ居なければって。いつまで偽善者でいるつもり?」
「な、何言って…」
「何をしてもどんなに努力しても、私の前にはあの子が居て…親友ヅラして私を置き去りにして自分は幸せになって……赦せない……赦せない……」
里穂は身の危険を感じた。冷や汗が吹き出、冷水を浴びたように震えが止まらない。
「あの子はね……私を引き立て役にしか思っていない。もちろん、貴女の事もね」
「そ、そんな…」
「彼は私が初めて好きになった人…彼は私を可愛いと言ってくれたわ。でも、あの子が奪っていった。心も命も……」
「(…彼?)話が…見えないわ。それがなるみとなんの関係があるのよ!」
「関係?……ふふふっ。十二分にあるわよ……なぜならなるみは……」
背後の気配がピタリと里穂の背中にしがみつき、地に這うような恐ろしい声が鼓膜に響いた。
あの子、高見沢楓の生まれ変わりだからよ…
里穂は再び意識を手放した。
…がちゃ……
その頃、なるみと夕は例の部屋に入っていた。
人工的な明かりはやはりなく、窓から差し込む月明かりだけが室内を照らしている。リビングだろうか。中はとても広いようだ。
「ここは…特になにもないみたいだな…」
「うん。そうみたいね」
前回のように襲われる覚悟はしていた二人は、ホッとして肩の力を抜いた。
「何か手がかりになるものを探そう」
「うん。手分けしたほうがよさそうね…私はこっちを探してみる」
「ああ、俺はこっち探す。何かあったら知らせてくれよ」
「分かったわ」
そう会話を交わすと、二人はそれぞれ探索を始めた。
「えっと……これは…違うなあ…………?これは…新聞?」
本棚を調べていたなるみは、古ぼけた新聞を見つけた。紙が黄ばんで文字も読みにくくなっているが、辛うじて読める文字を読んでみる。
「……20日夕方、荻月市在住の地主、高見沢雅久(56)、長女香澄(23)、その息子隆(0)が自宅で惨殺された。容疑者として高見沢雅久の次女楓(17)に逮捕状が出た。彼女の友人の築島桜(17)は、「その日は朝から様子がおかしかった。まさか殺人を犯すなんて」と驚きをかくせない様子であった………これ、楓さんが犯したっていう事件の記事?それに……築島って、里穂と同じ苗字だわ…どういうことなの…?」
なるみは妙な胸騒ぎを感じて、その新聞を持ち、夕の元に向かった。
「…ふーん。なるほどな。前世が起こした事件の記事か」
「うん。それに気になる事があるの…ここ。築島って里穂と同じ苗字なのよ。まさか…とは思うけど、胸騒ぎがするの…」
「……その築島って子もこの世界にいるかもしれないって事か?」
「うん……あくまで仮定なんだけど。この桜って人、里穂の前世……だったりしないかな…」
「俺達みたいにか?……だとしたら」
「……放っておけないわ。里穂が危ない」
「……!!行こう!」
「うん!!」
二人が部屋の扉に向かおうと走り出すと、どこからともなく声が聞こえた。
「ああ……嫌だ嫌だ……。いい子ぶっちゃって」
ビクリと動きを止める二人は周りを見回し、声の主を探す。するとまた聞こえて来た。
「貴女は生まれ変わっても変わらないのね…そうやって、私を惨めにしてほくそ笑んで……楽しんでいるのよね」
…そこでなるみは気づく。
「り、里穂?」
毎日聞いている親友の声だ、間違う筈はない。しかし、様子がなんだか変だ。
「私は里穂じゃない……桜よ。築島桜……忘れたなんて言わせないわよ…」
はっきりと感じた背後の気配。二人は勢いよく振り向き、そして…絶句した。
「そんな……里穂…」
「…う、嘘だろ?」
二人の目の前には、パジャマ姿の『築島 里穂』の姿があった。
その顔は今までの面影はなく、歪んだ笑顔を浮かべていた。
――…
―…
なるみと夕はもう一つの封鎖されていた扉の前に立っていた。
先程の親子に襲われた部屋を再び探索してみると、本棚の引き出しに鍵を見つけたのだ。
もしやと思い、立ち入り禁止のテープが貼られていたドアの前に行ってみると、テープは無くなっていた。
「しっかし、不思議なもんだな」
夕が腕を組んでドアを眺め呟く。それを聞いたなるみはコクリとうなづいた。
「うん。なんだか誘導されてるみたいね。最初の部屋も鍵を見つけたらいつの間にか入れるようになっていたし」
「…ん。ま、考えたても仕方ないよな。この場所や今の状況なんて説明つかないし。それに俺達が何らかの事に関わっているみたいだしな」
「………」
…そう。それが一番の疑問だ。何故自分達なのか。たとえ生まれ変わりだとしても、何故自分達がこんな事に巻き込まれなければならないのか………。
なるみにそっくりな楓という少女。
そして、夕が言っていた夕にそっくりな青年、和馬と楓との間にあった出来事の真相。
和馬がこの迷宮をさ迷っている訳。
もし、和馬が自分達をこの迷宮に誘ったとしたらば、なんの為か、その真意。
…そして、何故楓が犯罪者と呼ばれているのか。
クリアにしなければならない事柄は山積みだ。
しかし、夕の言う通り自分達が色々考えた所で仕方がないのかもしれない。
…今はとにかく前に進むしかないのだ。
「じゃ、入るぞ」
「…うん。夕くん…」
「ん?」
「……私、大丈夫だから」
「……」
「何が見えてしまっても、受け入れてみせる。だから…」
「ん…どうした?」
「だから……側に…居て、くれる?」
一言一言、搾り出すように呟くなるみに、夕は軽く目を見開くと、ふっと笑う。そして、俯き赤面している彼女の手をそっと握る。なるみはハッと顔を上げ、夕を見る。
「当たり前だろ?二人で元の世界に帰るって約束したじゃないか。それに…」
「ゆ、夕く…」
「君は今度こそ俺が守る……誓うよ」
「……っ夕くん……ありがとう…」
逢って間もない夕に、懐かしい安心感を覚えるなるみ。前世の自分が何をしてしまったのか……不安に押し潰されそうななるみの心は、夕の真っ直ぐな暖かい言葉に優しく包まれる。
…以前にもこんな事を言われた気がする……。
それはきっと、なるみと夕の中に僅かに残った、楓と和馬の暖かな記憶の断片なのだろう。
嬉しさに涙を零すなるみの頬に手を沿え、その涙を拭う夕の手は、言葉同様暖かかった。
――…
―…
―和馬さん……私を愛してる?―
―ああ、もちろん―
―どんな時も…私を信じてくれる?―
―ああ―
―どんな時も…私を護ってくれる?―
―ああ、必ず―
―たとえ遠く離れても、どの世界に生まれ変わっても私を見つけてくれる?―
―ああ、必ず見つけるさ―
―…ありがとう……和馬さん。…………愛しています―
―俺も……愛してる………楓……―
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自分そっくりの謎の少女に襲われ気を失い、目が覚めると見知らぬ部屋にいることに気がついた里穂は、ただただ呆然としていた。
部屋は荒れ果ており、不気味な静寂に包まれていた。里穂はなんとか体を起こすと、周りを観察する。
「こ、ここはどこなの…?」
「ふふ……ここはね、私が罪を犯した部屋よ…」
突如、背後から聞こえた声に背筋が凍りつく。
「私が…親友を………『殺した』部屋。クスッ……なかなかいい雰囲気でしょ?」
「こ……ろし……た?」
信じがたい言葉を背後に聞きながら、感じていた疑問を口にした。
「なんで……なんで私がここにいるの…?…そしてあなたは誰?」
背後で気配が動いた。
「なんで私…?それはねあなたは私だからよ…」
「貴女が私…?」
「そう…貴女は私、私は貴女よ」
「う、嘘……私は…貴女とは違う…」
「何が違うというの?貴女だって、あの子を疎ましいと思っているでしょう?」
気配が近付く。里穂は振り向く勇気がなく、ギュッと目をつむり俯く。背後の気配は、そんな彼女のすぐ側まで来た。
「あの子がいなければ……あの子は何故あんなにチヤホヤされるの?何故私を自分の側に置いてるの?……疑問に思った事はない?」
「……あ、あの子?誰の事?いつも側に……?まさか……なるみ?わ、私そんな風に思ったことないっ!なるみは私のたった一人の親友よ!?疎ましいなんて……」
「嘘ね。貴女はいつも感じていた筈、彼女さえ…彼女さえ居なければって。いつまで偽善者でいるつもり?」
「な、何言って…」
「何をしてもどんなに努力しても、私の前にはあの子が居て…親友ヅラして私を置き去りにして自分は幸せになって……赦せない……赦せない……」
里穂は身の危険を感じた。冷や汗が吹き出、冷水を浴びたように震えが止まらない。
「あの子はね……私を引き立て役にしか思っていない。もちろん、貴女の事もね」
「そ、そんな…」
「彼は私が初めて好きになった人…彼は私を可愛いと言ってくれたわ。でも、あの子が奪っていった。心も命も……」
「(…彼?)話が…見えないわ。それがなるみとなんの関係があるのよ!」
「関係?……ふふふっ。十二分にあるわよ……なぜならなるみは……」
背後の気配がピタリと里穂の背中にしがみつき、地に這うような恐ろしい声が鼓膜に響いた。
あの子、高見沢楓の生まれ変わりだからよ…
里穂は再び意識を手放した。
…がちゃ……
その頃、なるみと夕は例の部屋に入っていた。
人工的な明かりはやはりなく、窓から差し込む月明かりだけが室内を照らしている。リビングだろうか。中はとても広いようだ。
「ここは…特になにもないみたいだな…」
「うん。そうみたいね」
前回のように襲われる覚悟はしていた二人は、ホッとして肩の力を抜いた。
「何か手がかりになるものを探そう」
「うん。手分けしたほうがよさそうね…私はこっちを探してみる」
「ああ、俺はこっち探す。何かあったら知らせてくれよ」
「分かったわ」
そう会話を交わすと、二人はそれぞれ探索を始めた。
「えっと……これは…違うなあ…………?これは…新聞?」
本棚を調べていたなるみは、古ぼけた新聞を見つけた。紙が黄ばんで文字も読みにくくなっているが、辛うじて読める文字を読んでみる。
「……20日夕方、荻月市在住の地主、高見沢雅久(56)、長女香澄(23)、その息子隆(0)が自宅で惨殺された。容疑者として高見沢雅久の次女楓(17)に逮捕状が出た。彼女の友人の築島桜(17)は、「その日は朝から様子がおかしかった。まさか殺人を犯すなんて」と驚きをかくせない様子であった………これ、楓さんが犯したっていう事件の記事?それに……築島って、里穂と同じ苗字だわ…どういうことなの…?」
なるみは妙な胸騒ぎを感じて、その新聞を持ち、夕の元に向かった。
「…ふーん。なるほどな。前世が起こした事件の記事か」
「うん。それに気になる事があるの…ここ。築島って里穂と同じ苗字なのよ。まさか…とは思うけど、胸騒ぎがするの…」
「……その築島って子もこの世界にいるかもしれないって事か?」
「うん……あくまで仮定なんだけど。この桜って人、里穂の前世……だったりしないかな…」
「俺達みたいにか?……だとしたら」
「……放っておけないわ。里穂が危ない」
「……!!行こう!」
「うん!!」
二人が部屋の扉に向かおうと走り出すと、どこからともなく声が聞こえた。
「ああ……嫌だ嫌だ……。いい子ぶっちゃって」
ビクリと動きを止める二人は周りを見回し、声の主を探す。するとまた聞こえて来た。
「貴女は生まれ変わっても変わらないのね…そうやって、私を惨めにしてほくそ笑んで……楽しんでいるのよね」
…そこでなるみは気づく。
「り、里穂?」
毎日聞いている親友の声だ、間違う筈はない。しかし、様子がなんだか変だ。
「私は里穂じゃない……桜よ。築島桜……忘れたなんて言わせないわよ…」
はっきりと感じた背後の気配。二人は勢いよく振り向き、そして…絶句した。
「そんな……里穂…」
「…う、嘘だろ?」
二人の目の前には、パジャマ姿の『築島 里穂』の姿があった。
その顔は今までの面影はなく、歪んだ笑顔を浮かべていた。
第五話《完》
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