憎悪




……唖然とする二人を見遣り、クスクスと笑う『里穂』基、桜。
その歪んだ笑顔に、なるみは心臓が凍りつくような恐怖を覚えた。

「り、里穂?どうして…」
「さっきも言ったじゃない…里穂じゃないわ。まあ、この体は里穂のものだけどね…」
「え……?」
「彼女から貰ったのよ、この体。彼女の意識は私の中で眠っているわ」

なるみはそれを聞いて愕然とした。
何も知らない大事な親友を巻き込みたくなかった。だからこそ、今まで黙っていたのだ。なのに………。

「どうして里穂を!?あの子は関係ないじゃない!!」

すると、桜はふんと鼻で笑い、口元を歪めた。

「どうして…?貴女は気づいているんでしょ?里穂は私の…………」


生まれ変わりだって……


「「!!」」

一番恐れていた結論。
やはり、築島桜は里穂の前世で、楓の事件になんらかの形で関わっている人物なのだ。
傍で聞いていた夕も、驚きと絶望感で声も出ないようだった。

「あははは…なんて顔…。美人も形無しよねぇ。唯一の取り柄なのに…」
「………」
「ねぇ…?里穂が本当は、貴女をどう思っていたか…知ってる?」
「………え」
「教えてあげるわ……疎ましい、邪魔、非道で猫かぶりの最低女」
「!!………り、里穂…」
「ああ、腹立つわ。なに?その被害者面。今まであんたの影で健気に親友になってあげてたのにさあ……それを……いい気になって人を見下して。周りにチヤホヤされて、さぞ気分が良かったでしょうね」
「そ、んな…」

心が痛い……。鋭く尖ったナイフを、胸に突き立てられているかのように痛む。桜の言葉とは言え、外見はたった一人の親友。まるで里穂に言われているかのような錯覚に陥り、なるみは言葉を失う。

「あら、違うかしら?……彼だってそう。初恋だった。初めて心から愛した人だったのに……!!あんたが………あんたが奪ったのよ!!彼のすべてを!!」
「か……れ……?」

真っ直ぐに襲い掛かる、桜の激昂に、なるみはようやく掠れた声を出した。

「和馬さんよ……彼は私を可愛いと言ってくれた。頑張り屋さんだねって、彼は私を一人の女の子として見てくれた。他の連中みたいに、あんたのオマケじゃなく、築島桜として……!!そんな彼が大好きだった。愛していたわ……それをあんたが、あんたが殺したのよ!あんた一人が死ねばよかったのに!!なんで彼まで………!?赦さない………赦さない……!!」

空気が重苦しくなっていく。押し寄せる憎しみの感情に耐え切れず、なるみはその場に座り込んだ。傍らにいた夕はなるみに駆け寄り、抱きしめた。それを見た桜の顔が悲しげに歪んだ。

「か、和馬さん。どうして……私は、私はずっと貴方だけを……なのに、なのになのになのに………………」





ピシッ………ピシピシピシ……………

何かが裂ける音が響く。なるみと夕はただただ、頭を抱え、うずくまる桜を見つめる。
そして、バッと顔を上げた桜は………


あ゛あ゛ああああああああああああ!!


血の涙を流し、泣いていた…………。


―貴女はいつもそうだった。なんの努力もせず、なんの不自由も知らず……。
どんなに努力しようとも、追いつけない私の悔しさ憤りを、貴女はきっと知らない。

だから思い知らせてあげる。生まれ変わりの『貴女』に。
痛め付けて、踏み付けて、嘲笑いながら


―総てを奪い取る―


和馬さんだって気付くはず。貴女より私のほうが自分に相応しいってね。


―覚悟してね、楓―



――…
―…

冬も深まった2月のある日の事……

「いらっしゃいませ!……って、和馬さん!」

両親は出かけ、桜が一人店番をしていると、引き戸を開ける音がした。
いつものように声を掛けると、そこには思いを寄せる彼の姿。

「やあ、こんにちは。久しぶりだね」

「え、うん/////あの、今日は何か?」

ほんのり熱を持つ頬。しかし、それを悟られるのが恥ずかしくて、用件を聞く。和馬は、柔らかく微笑むと言った。

「もうすぐ合宿があってね。君に弁当を作ってもらおうと思って。……でも、忙しいか…」

「!!そ、そんな事ないです!!私が作ったお弁当で良かったら、是非!」

「ありがとう。じゃあ、三日後取りに来るよ」

「はい!!」


またねと手を振りながら、和馬は店を出て行った。
桜はしばらくほうけたように、佇んでいた。
夢のような展開だ。最も、和馬自信は単純に弁当な注文なのだろうが、桜はそうは思えなかった。なぜかというと、


『君に弁当を作って貰おうと思って』


彼は、自分を指名してくれたのだ。楓ではなく自分に。おそらく楓が料理が苦手だと思って頼めなかったのだろう。
初めて楓に勝てた。それも彼女が嬉しい要因の一つだ。
桜は、ハッと我に返ると、鼻歌を歌いながら、紙と筆をとり献立を考え始めた。その様子は恋する乙女そのものだった。

そんな桜だが、初めて逢った時、和馬に特別な感情は抱いていなかった。
それが変わったのは、一ヶ月ほど前、街に出た時だった。


年末年始の買い物客で、ごった返している出店を回りながら、桜はお節料理の買い出しをしていた。
紅白のかまぼこ、伊達巻き、数の子に栗きんとんに使う甘露煮、煮染めに使う昆布…。両手に沢山の荷物を抱え、人込みを掻き分けていると、


ドンっ……バサバサ……


体格のいい中年の男性にぶつかり、買ったものを入れていた風呂敷を落としてしまった。

「嘘~」

桜が荷物を拾おうと屈み込もうとしていると、

「ったく、邪魔だな。モタモタ歩いてるからだろうが!!どけっ!!」

桜は中年男性に背中を思い切り蹴られ、倒れ込む。周りからはヒソヒソとした話し声やクスクス笑う声が聞こえ、桜は情けないやら悔しいやらで、真っ赤になりながら俯いていた。すると、

「おい、女の子に対してその言い方はどうなんだ?」

聞いた事のある声。桜が顔をあげると、

「あ、貴方は…」


花見会場で出逢った、羽山和馬だった。


「あ?なんだお前は。この鈍臭い女の恋人か?はんっお似合いだなあ!!」

鼻で笑う男性に便乗するかのように周囲も笑う。
和馬は表情変えず、男性を無視し桜に手を差し延べる。

「大丈夫かい?築島桜さん」

「は、はい、すみません」

それを見ていた中年男性が、あっと声を漏らす。

「つ、築島?あ、あの皇室御用達の仕出し店の…ま、まずい…行くぞ…」

それを聞いた男は、隣にいた妻らしき女性の手を引き逃げようとする。しかし、それを和馬が引き止めた。

「言うだけ言って逃げるのか。どうせ逃げるなら謝ってからにしろ、卑怯者が」

周りにたむろしていた野次馬は、知らん顔で去っていく。
さっきまで偉そうにしていた男性は、ビクリと肩を揺らし縮こまる。ちらりと桜を見るが、目が合うと妻の手を引きずるように、何も言わず逃げて行った。

「!おい、待て!!」
「か、和馬さん!大丈夫、私は大丈夫だから。もういいです」
「でも……」
「わ、私もあまり注意していなかったし」

お母さんかお父さんに着いてきて貰えば良かったですと笑った。和馬はまだ納得していない様子だったが、桜が荷物を拾い始めると、自分もしゃがみ込み拾い始めた。



――――
―――
――


「ありがとうございました」
「いや、怪我はないかい?」
「はい!大丈夫です。あ、ウチすぐ側なんです。甘酒でも飲んで行きませんか?」
「え?そんなに気を使わなくていいよ。僕が勝手にやった事だし」
「いえ!嬉しかったんです。…私、こう言うふうに男の人に庇われたの初めてで……迷惑ですか?」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「!はい!じゃあ行きましょう!」

荷物を持ち直し、歩きだそうとする桜の手から、和馬がすっと荷物を取る。

「あ、か、和馬さん」
「持つよ」
「え?だ、大丈夫ですよ!すぐそこだし」
「君は頑張り屋さんだね。でも、こう言う力仕事は男の役目だ」

和馬は片目をつむり、小さく笑う。その妖艶な表情に、桜は何も言えず赤くなり俯きながら和馬の後ろを歩いていく。


それから二人は甘酒を飲みながら、お互いの趣味や好きな本、好きな食べ物など沢山話をした。

話を聞けば聞くほど、彼に夢中になっていくのがわかって、『これが恋っていうのかな』と思いはじめた。と、同時に思い出す親友の顔。

『楓も和馬さんの事が……でも私だって……負けたくない』


――――……
―――…
―…


桜は献立を考えながら、和馬の笑顔を思い出す。
あれから、あの二人はお付き合いするようになったらしい。(この間、一緒に歩いている所を見た)

あの時、自分に向けられた、あの笑顔は優しさは、今親友に向けられている。
それが悔しくて、とてつもなく嫌だった。
別に楓が嫌いな訳ではない。寧ろ大好きだ。いつも天然で危なっかしいところがあるが、優しくて守って上げたくなる。きっと和馬も同じ気持ちなんだろう。

結局、結論は出ず悶々としつつ三日後を迎えた。



――――…
―――…
――…


三日後、約束通り和馬がやって来た。

「おはよう」
「あ、おはようございます!!まだ少しかかるんで、掛けて待っていてください!」

和馬に椅子を奨めてから桜は温かいお茶を出し、また台所へ入った。

「合宿って、随分早いんですね」
「ああ、お国のため、だからな」
「そうですか。………楓は?」
「無理に笑ってたけど、一週間の辛抱だからって言ったら、泣いちゃったよ。別に死にに行く訳じゃないのに…」

桜は台所からそっと和馬の様子を覗き見る。
優しげな…そしてどこか嬉しそうな顔。

………楓を想っている顔。

見なければ良かった……。桜は目を伏せ再び作業に取り掛かる。

30分程して弁当が完成した。
豆と昆布の煮物、焼き粕鮭の切り身、青菜お浸しのおかか和え、海老の甘煮等十品にひじきご飯。
地味だが、得意なものばかりだ。蓋を閉め、風呂敷に包み和馬の元へ行く。

「お待たせ!はい、合宿頑張ってください!」
「ありがとう。わあ、随分大きいな」
「あれもこれもって考えたら凄く量が多くなっちゃて。多過ぎかな…」
「いや、大丈夫。せっかく君が作ってくれたんだ、全部戴くよ。っと、そろそろ行かないとな」

和馬が壁の時計を見、つぶやく。
もう行ってしまうのか…桜はふと顔を曇らせる。
次はいつ会えるの…そんな思いが渦巻く。

和馬と店の出口まで向かう。外は雪が降っていた。

「雪か……」
「どおりで冷えると思ったら…」
「風邪引かないようにね。元気で」
「う、うん!!和馬さんも、元気で!!」

笑顔で送り出したい……私は楓とは違う。彼女みたいに泣いて困らせたりはしない!そんな思いで精一杯、笑いかける。

「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい!!」

和馬は数歩進み、立ち止まり振り返る。そして…

「君は可愛いよ。だから自信持って。じゃあね、ありがとう」

また前を向き直り、駅舎に向かい歩いていった。
桜は唖然としながら和馬な背中を見送る。

「あ、え……か、和馬…さん…」

次第に頬に熱が集まる。ばっと両手で顔を包み、さっきの言葉と和馬の顔を思い出す。

「キャー!/////」

一人悲鳴を上げ、店に駆け込む。

幸せな気持ち。好きな人に可愛いと言われるのが、こんなに嬉しいなんて…。
ますます、和馬への想いは強くなる。

「和馬さん……大好きです…」

たとえ貴方が楓を選んでも、私は貴方を………。


純な初恋で終わるはずだった。

「ごめんください。桜さんはいますか」

あの男が来るまでは……。


第六話《完》

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