異変
…寝静まり、静寂に支配されたホテル。
月明かりが差し込む窓の近くにある、大きな振り子時計がコチコチと時を刻む。
まるでこれから始まる悪夢に向け、カウントダウンをしているかのように………。
なるみはふと目を覚ました。となりでは里穂が静かに寝息をたてている。
(何だろう……凄く胸騒ぎがする……)
なるみは、里穂を起こさないようにベッドから出て、制服に着替える。何故か行かなければならない気がして………。
部屋のドアに手を掛けた時、「ん~…」と里穂の声が聞こえた。ギクリとして、ちらりと里穂を見る。モゾモゾと動いていたが、起きてはいないようで、再び寝息が聞こえた。
「ゴメンね……里穂。でも私、行かなきゃ」
なるみはそう呟くと、部屋を出た。
自分でも、何故こんな行動をとるのか解らない。ただ、この街に来て感じた違和感の答えが、このホテルにある気がするのだ。
…自分の事に、里穂を巻き込む訳にはいかない。なるみは、懐中時計を両手で握りしめ、静かに歩きはじめた。
ゴーン…ゴーン………
なるみの足が止まった。
周りを見回す。
どこからともなく時計の鐘の音が聞こえた。その途端、辺りに霧が立ち込め、視界がぼやける。
この異常な状況でも、なるみは冷静だった。
(ああ、始まったんだ……)
理由は分からないが、そう思った。
なるみは、階段に向かい再び歩き始めた。
「下に降りられるのかな…?」
なるみは階段の前で立ち止まった。
階段の上の方から気配がする。なるみは息を飲む。自分は丸腰だ。襲われたら間違いなくやられる。
逃げなければと思うものの、足が上手く動かず少し後ずさるのが精一杯だった。
次第に気配が近くなり、足音も聞こえ始める。階段の奥に広がる闇を見つめ、固まるなるみの目に映ったのは、
「あ、昨日の……」
「あ……」
ロビーで懐中時計を拾ってくれた青年だった。
「何してんの?こんな時間に」
「…ふぅ。あなたこそ。どうしたの?」
何でもないかのように話し掛けて来る青年に、なるみは少し気が抜けて、安心したように笑う。青年は首を傾げて、「トイレ」とだけ言った。
「三階だったっけ。部屋とか、同じ階になかったの?」
「ん。なかった」
昨日はあったんだけど……と呟き、周りを見渡す。
「……なんか、霧が出てない?」
「うん。三階は出てなかった?」
「どうだったかな……。よく見てない」
眠いのか、それとも性格なのか……マイペースな彼になるみは少し心配になる。彼はなんか危なっかしい。一人にしてしまったら戻れない以前に、もっととんでもない事態を引き起こす可能性もないとも言えないし、一緒に行動した方がいいかもしれない。それに、この異常な空間を調べるには、一人では心許ない。申し訳ないが、手伝ってもらう事にした。
「ねぇ、私と一緒に行動してくれないかな?」
「え?君と?」
「うん。なんとなくだけど、一人では行動しない方がいいと思うの」
「………」
「……トイレ、行きたいんでしょ?一緒に探そう?」
「……うん。わかったよ…」
思いのほか、すんなり了承した彼に、なるみはホッとする。まあ、おそらくあまり深くは考えていないだろうが、パートナーがいるのは心強い。
「私は高見沢なるみよ。貴方は?」
「羽山夕……なるみでいいか?」
「へ?あ、うん。じゃあ私も夕君て呼ばせて貰ってもいいかな?」
「構わないよ」
「そう!じゃあ宜しくね、夕君」
「ああ、宜しく。なるみ」
……歯車は動き出した。
彼女達を乗せて…………
二人は、とりあえず一階のロビーに下りることにした。
真っ暗な階段は少しの光も遮られ、その暗闇に当てられ、黙りこくる二人の足音のみが響き渡る。
しばらく降りていると、ようやくロビーにたどり着いた。
「やっと着いたわ…」
「長く感じたな。気のせいか?」
「私もそう思った。だってたった一階なのに、5分以上降りてたみたい」
なるみは懐中時計を見てから、周りを見回した。やはり霧が立ち込めている。心なしか少し寒い。
なるみが周りの様子を伺っていると、夕が突然ツカツカと歩きだした。
「ちょ、夕君?どこに行くの?」
「売店」
「売店?なんで?」
「何か武器とかアイテムとかないかなって」
「……あんまり期待しないほうがいいんじゃない?RPGじゃないんだし…」
なるみはため息を吐く。彼、夕の考えている事が全く読めない。そして理解できない。(大丈夫なんだろうか)と不安になる彼女を尻目に夕は売店のあった方に入って行った。
……追い掛けるべきだろうか。正直、あまり期待は出来ないし、何があるか分からない。だが、ここで一人ぼっちになるほうが不安だ。なるみは、夕が入っていった方角に向かい歩きだした。
*****
「夕君?」
「……」
「夕君?どうかしたの?何が見つかった?」
「そんな事って……あるのか?」
「??」
なるみが部屋に入ると、カウンターらしき物の前に佇む夕の姿。とりあえず話し掛けてはみるが反応がなく、ようやく発した言葉も要領を得ない。
このままではラチがあかないと、なるみが夕の側まで行き、彼の視線の先を追う。と、なるみも言葉を失う。
そこには…武器やアイテム(薬?)が整然と並べられており、まるで本当にゲームか何かの中に入ってしまったかと思うほど現実離れした光景が広がっていた。
「な、何これ?」
「す……」
「え?」
「すげぇ!!本物のRPGみてぇ!!」
「!!……えっと、もしもし?夕君?」
「これ剣だ。これは薙刀。……ん?この錠剤みたいなのは………体力が回復するやつだ!」
「;;;;」
突然生き生きしだした夕に、驚きを隠せないなるみ。さっきまでの無気力剥き出しな様子はなんだったのか…。
まあ、単純に眠かっただけだろう。ようやく覚醒した夕は、やや……いやかなり興奮気味にカウンターの前を漁る。
「……あれ?ここは霧が晴れてるのね。……売店ってこんなに殺風景だったかしら。なんか饐えた臭いもするし……」
「いいじゃんか。武器もあるしアイテムもあるし。今後はここを拠点にすればいいな」
「はあ。そうね(苦笑)」
「俺は……剣にするかな。なるみは?」
「あ、私?そうね……薙刀にしようかな。……これって持っていっちゃっていいのかな」
「ん~…店員らしき奴もいないし、どうするか……」
「とりあえず、少しお金置いて行こう?……そうした方がいい気がする」
なんとなく…だがそうした方がいいと感じたなるみは財布からお金を取り出すと、カウンターに置いた。それを見た夕もズボンのポケットを探り、お金をカウンターに置いた。
「確かにな……こんな状況でも盗みはダメだよな」
「そういう事。……全然足りないかもだけど、払わないよりマシよね」
「そだな……」
「じゃ、行きましょ!何としてでもここから抜け出さなくちゃ!!」
「……その前にさ……」
「ん?何?」
「トイレ……我慢出来るか微妙なんだよ」
「あ!忘れてた!ロビーにあるかな。探してみよう!」
「お、おぅ……;」
…この時の二人の行動が、後に驚愕の事態となる……
****
「……さて。探索に入るか」
「うん。トイレ意外と綺麗だったね」
「ああ、普通に水洗だったしな」
生理現象を解決し、ホッとする二人。
なるみも自分では大丈夫だと思っていたのだか、体は正直なもので、トイレを見つけた途端、駆け込んでしまった。今になって恥ずかしさが込み上げてきて、終始俯き夕の顔が見れない。
トイレは掃除が行き届いており、まるでデパートかホテルのような外観だった。殺風景で、底冷えのする闇に包まれた階段や、霧に覆われた廊下とは違う雰囲気に、二人は少し安心した。
「まずは二階からにするか。確かなるみの学校の階だったよな」
「うん」
「行ってみよう」
夕は、なるみの手を取ると階段に向かう。あまりに自然な行動に、なるみも反応はしなかった。
以前にもこんな風に手を繋ぎ歩いていたような……そんな気がしていた。でも、夕とはこの旅行で初めて出会ったのだ。それ以前は面識はないはず。
それと……この建物に入ってから…いや、この街に来てからなるみは自分の中に何者かが入り込んでいるような感覚があった。
とても悲しく、苦しくて痛くて……泣きたくなるのだ。
(夕君に言ってもどうしようもないよね…迷惑かけたくないし。言わなくていいよね…)
おそらく、まだその『時』ではない。
でも、いつか必ず話さなければならない時がくる。その時まで、自分の胸の中に秘めておく事にした。
『お前にも分かる時が来る。…嫌でもな』
なるみの頭の中に、あの日の祖父の言葉が過ぎった。
・
・
・
・
セ
ン
リ
ツ
ノ
ウ
タ
ゲ
ハ
、
ハ
ジ
マ
ッ
タ
バ
カ
リ
・
・
・
・
・
第二話《完》
…寝静まり、静寂に支配されたホテル。
月明かりが差し込む窓の近くにある、大きな振り子時計がコチコチと時を刻む。
まるでこれから始まる悪夢に向け、カウントダウンをしているかのように………。
なるみはふと目を覚ました。となりでは里穂が静かに寝息をたてている。
(何だろう……凄く胸騒ぎがする……)
なるみは、里穂を起こさないようにベッドから出て、制服に着替える。何故か行かなければならない気がして………。
部屋のドアに手を掛けた時、「ん~…」と里穂の声が聞こえた。ギクリとして、ちらりと里穂を見る。モゾモゾと動いていたが、起きてはいないようで、再び寝息が聞こえた。
「ゴメンね……里穂。でも私、行かなきゃ」
なるみはそう呟くと、部屋を出た。
自分でも、何故こんな行動をとるのか解らない。ただ、この街に来て感じた違和感の答えが、このホテルにある気がするのだ。
…自分の事に、里穂を巻き込む訳にはいかない。なるみは、懐中時計を両手で握りしめ、静かに歩きはじめた。
ゴーン…ゴーン………
なるみの足が止まった。
周りを見回す。
どこからともなく時計の鐘の音が聞こえた。その途端、辺りに霧が立ち込め、視界がぼやける。
この異常な状況でも、なるみは冷静だった。
(ああ、始まったんだ……)
理由は分からないが、そう思った。
なるみは、階段に向かい再び歩き始めた。
「下に降りられるのかな…?」
なるみは階段の前で立ち止まった。
階段の上の方から気配がする。なるみは息を飲む。自分は丸腰だ。襲われたら間違いなくやられる。
逃げなければと思うものの、足が上手く動かず少し後ずさるのが精一杯だった。
次第に気配が近くなり、足音も聞こえ始める。階段の奥に広がる闇を見つめ、固まるなるみの目に映ったのは、
「あ、昨日の……」
「あ……」
ロビーで懐中時計を拾ってくれた青年だった。
「何してんの?こんな時間に」
「…ふぅ。あなたこそ。どうしたの?」
何でもないかのように話し掛けて来る青年に、なるみは少し気が抜けて、安心したように笑う。青年は首を傾げて、「トイレ」とだけ言った。
「三階だったっけ。部屋とか、同じ階になかったの?」
「ん。なかった」
昨日はあったんだけど……と呟き、周りを見渡す。
「……なんか、霧が出てない?」
「うん。三階は出てなかった?」
「どうだったかな……。よく見てない」
眠いのか、それとも性格なのか……マイペースな彼になるみは少し心配になる。彼はなんか危なっかしい。一人にしてしまったら戻れない以前に、もっととんでもない事態を引き起こす可能性もないとも言えないし、一緒に行動した方がいいかもしれない。それに、この異常な空間を調べるには、一人では心許ない。申し訳ないが、手伝ってもらう事にした。
「ねぇ、私と一緒に行動してくれないかな?」
「え?君と?」
「うん。なんとなくだけど、一人では行動しない方がいいと思うの」
「………」
「……トイレ、行きたいんでしょ?一緒に探そう?」
「……うん。わかったよ…」
思いのほか、すんなり了承した彼に、なるみはホッとする。まあ、おそらくあまり深くは考えていないだろうが、パートナーがいるのは心強い。
「私は高見沢なるみよ。貴方は?」
「羽山夕……なるみでいいか?」
「へ?あ、うん。じゃあ私も夕君て呼ばせて貰ってもいいかな?」
「構わないよ」
「そう!じゃあ宜しくね、夕君」
「ああ、宜しく。なるみ」
……歯車は動き出した。
彼女達を乗せて…………
二人は、とりあえず一階のロビーに下りることにした。
真っ暗な階段は少しの光も遮られ、その暗闇に当てられ、黙りこくる二人の足音のみが響き渡る。
しばらく降りていると、ようやくロビーにたどり着いた。
「やっと着いたわ…」
「長く感じたな。気のせいか?」
「私もそう思った。だってたった一階なのに、5分以上降りてたみたい」
なるみは懐中時計を見てから、周りを見回した。やはり霧が立ち込めている。心なしか少し寒い。
なるみが周りの様子を伺っていると、夕が突然ツカツカと歩きだした。
「ちょ、夕君?どこに行くの?」
「売店」
「売店?なんで?」
「何か武器とかアイテムとかないかなって」
「……あんまり期待しないほうがいいんじゃない?RPGじゃないんだし…」
なるみはため息を吐く。彼、夕の考えている事が全く読めない。そして理解できない。(大丈夫なんだろうか)と不安になる彼女を尻目に夕は売店のあった方に入って行った。
……追い掛けるべきだろうか。正直、あまり期待は出来ないし、何があるか分からない。だが、ここで一人ぼっちになるほうが不安だ。なるみは、夕が入っていった方角に向かい歩きだした。
*****
「夕君?」
「……」
「夕君?どうかしたの?何が見つかった?」
「そんな事って……あるのか?」
「??」
なるみが部屋に入ると、カウンターらしき物の前に佇む夕の姿。とりあえず話し掛けてはみるが反応がなく、ようやく発した言葉も要領を得ない。
このままではラチがあかないと、なるみが夕の側まで行き、彼の視線の先を追う。と、なるみも言葉を失う。
そこには…武器やアイテム(薬?)が整然と並べられており、まるで本当にゲームか何かの中に入ってしまったかと思うほど現実離れした光景が広がっていた。
「な、何これ?」
「す……」
「え?」
「すげぇ!!本物のRPGみてぇ!!」
「!!……えっと、もしもし?夕君?」
「これ剣だ。これは薙刀。……ん?この錠剤みたいなのは………体力が回復するやつだ!」
「;;;;」
突然生き生きしだした夕に、驚きを隠せないなるみ。さっきまでの無気力剥き出しな様子はなんだったのか…。
まあ、単純に眠かっただけだろう。ようやく覚醒した夕は、やや……いやかなり興奮気味にカウンターの前を漁る。
「……あれ?ここは霧が晴れてるのね。……売店ってこんなに殺風景だったかしら。なんか饐えた臭いもするし……」
「いいじゃんか。武器もあるしアイテムもあるし。今後はここを拠点にすればいいな」
「はあ。そうね(苦笑)」
「俺は……剣にするかな。なるみは?」
「あ、私?そうね……薙刀にしようかな。……これって持っていっちゃっていいのかな」
「ん~…店員らしき奴もいないし、どうするか……」
「とりあえず、少しお金置いて行こう?……そうした方がいい気がする」
なんとなく…だがそうした方がいいと感じたなるみは財布からお金を取り出すと、カウンターに置いた。それを見た夕もズボンのポケットを探り、お金をカウンターに置いた。
「確かにな……こんな状況でも盗みはダメだよな」
「そういう事。……全然足りないかもだけど、払わないよりマシよね」
「そだな……」
「じゃ、行きましょ!何としてでもここから抜け出さなくちゃ!!」
「……その前にさ……」
「ん?何?」
「トイレ……我慢出来るか微妙なんだよ」
「あ!忘れてた!ロビーにあるかな。探してみよう!」
「お、おぅ……;」
…この時の二人の行動が、後に驚愕の事態となる……
****
「……さて。探索に入るか」
「うん。トイレ意外と綺麗だったね」
「ああ、普通に水洗だったしな」
生理現象を解決し、ホッとする二人。
なるみも自分では大丈夫だと思っていたのだか、体は正直なもので、トイレを見つけた途端、駆け込んでしまった。今になって恥ずかしさが込み上げてきて、終始俯き夕の顔が見れない。
トイレは掃除が行き届いており、まるでデパートかホテルのような外観だった。殺風景で、底冷えのする闇に包まれた階段や、霧に覆われた廊下とは違う雰囲気に、二人は少し安心した。
「まずは二階からにするか。確かなるみの学校の階だったよな」
「うん」
「行ってみよう」
夕は、なるみの手を取ると階段に向かう。あまりに自然な行動に、なるみも反応はしなかった。
以前にもこんな風に手を繋ぎ歩いていたような……そんな気がしていた。でも、夕とはこの旅行で初めて出会ったのだ。それ以前は面識はないはず。
それと……この建物に入ってから…いや、この街に来てからなるみは自分の中に何者かが入り込んでいるような感覚があった。
とても悲しく、苦しくて痛くて……泣きたくなるのだ。
(夕君に言ってもどうしようもないよね…迷惑かけたくないし。言わなくていいよね…)
おそらく、まだその『時』ではない。
でも、いつか必ず話さなければならない時がくる。その時まで、自分の胸の中に秘めておく事にした。
『お前にも分かる時が来る。…嫌でもな』
なるみの頭の中に、あの日の祖父の言葉が過ぎった。
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ウ
タ
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ハ
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ハ
ジ
マ
ッ
タ
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カ
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第二話《完》
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