探索
なるみと夕は、二階に上がった。
二階は前よりも霧が濃くなっていた。
まるでこの先には行かせないとでも言っているかのように…。
そこは、なるみの学校の生徒達が宿泊している…はずだった。
「おい。やけに静かじゃないか?」
「うん……寝てるにしても…おかしいよね」
確かに変なのだ。
霧に包まれているのは相変わらずだが、物音どころか気配すらしない。まるで存在すべてが消えてしまったかのように……。
「あれ?」
なるみは何かに気がついた。
「この階のドア、こんな古い形だったっけ……」
夕方、ホテルに着いて、部屋に入る時に見た時は小綺麗で、カードキーが付いたドアだったのだ。なのに今は、年季が入った飴色のドアで鍵穴がある。
「……どうなってるの……」
なるみが呟くと、しばらく何かを考えていた夕が突然一つのドアに向かって歩きだす。
「なんだ?この黄色いテープ。『KEEP OUT』?立入禁止って事か?…事件があった場所に貼るやつだよな、これ」
「でも、他のドアは貼ってないみたいね。もしかしたら、他にも貼ってある場所があるのかな」
「探してみよう」
「そうね」
なるみと夕は探索を開始する。
何故か、このテープが貼ってある場所に、入らなければならない……二人はそんな気がしていた。
小1時間歩き回り、もう一つテープが貼ってあるドアを見つけた。
入ろうにも取っ手にまで、テープがぐるぐると巻かれており、回せない上にご丁寧に鍵までかかっていた。テープは強引に取れるとして、鍵は難しいだろう。
二人は再び階段の前まで戻り、作戦会議を始めた。
「これじゃ、先に進むのは難しそうだな」
「3階って行けないの?」
「ん、さっき上ろうとしたんだけど、なかったんだ」
「何が?」
「階段」
「……え?」
なるみは振り返り、階段の側まで行くと、
「本当だわ。3階に行く階段がなくなってる……」
……確かに無かった。普通なら下に向かう階段の横にあるはずなのだが、もともと階段なんて無かったかのように壁になっていた。
「どうやらこの屋敷は、俺達を外に出したくないみたいだ」
夕は剣を持つ手に力を入れた。
一方のなるみも、薙刀を両手で握りしめ、霧に覆われたフロアを見つめる。
「とにかく、調べて見ないと何とも言えないな。鍵が開いてる部屋がないか調べてみようか」
「そうね。立ち止まってても仕方ないし。行きましょ」
二人はお互いに頷き合うと霧の中へ進んで行った。
なるみと夕は、二手に別れ、入れるドアを探した。
しかし、鍵がかかっているドアばかりで、いい加減二人とも疲れ始めた時、一つのドアの鍵が開いている事に気づいた。
「あれ?さっきは開かなかったはず………ま、いいか。夕くんを呼んで来なくちゃ!!」
……確かにそのドアは先程まで閉まっていた。
その証拠に目印に赤ペンで花のマークが壁に描いてある。
実はさっき、夕が蹴破ろうとしていたのを何とか止めた際に、何となく付けて置いたのだ。
根拠はない。が、確信はある。開いていると言うことは、この空間を作り、自分達を引き込んだ何者かが、『入れ』と言っているのだ。
「本当にゲームみたいな展開になったわね」
なるみはそう呟くと夕の元へ急いだ。
*******
「夕くん!」
「…なるみ?どうした?」
夕は力尽きたのか、階段に座り込んでいた。
「見つけたの、入れるドア!」
「本当か?」
「うん、試しに開けてみたら開いたから、間違いないわ」
「よし、じゃあ行こう!」
二人が歩きだそう……としたその時、
オギャー……オギャー…
赤ん坊の泣き声が聞こえた。しかもその声はかなりの音量で、ずっと聞いているとおかしくなってしまいそうだ。
二人は思わず、ギクリと足を止める。
「な……今度はなに?」
「どっから聞こえんだ?」
「と、とにかく開いてるドアに行きましょう」
「ああ……」
二人は頷きあい、ドアに向かい走り出した。
……その間じゅうずっと赤ん坊の声は鳴り響いていた………。
*******
「ここよ」
「え……ここって、さっき閉まってたろ?」
「うん……そうなんだけど、確かに開いてるのよ」
なるみは、ほら…とドアノブを下げ押す。
キィィー…という音と共に、ドアの隙間からはぼんやり青白い光が漏れている。二人はゴクリと生唾を飲み込み、部屋の中に入った。
「……カビ臭いな。長い間誰も住んでいないみたいだ……」
「何か手がかりになるものは……あら?」
クルリと辺りを見回すなるみは、ある場所で何かを見つけた。
それは細かい細工が美しいドレッサーだった。その上には、化粧品や香水の瓶と一緒に写真立てが飾ってあった。
なるみは無意識に近寄り、写真立てを見つめる。そして、驚愕に言葉を失う。
(え…………私………?)
そう、写真立てに入っていた白黒の写真の被写体は、なるみだったのだ。着物を着ており髪型も若干違うものの確かになるみだった。なぜ、こんな場所に自分の写真が。それに和服で写真なんて撮った事ないのに。しかもかなり古めかしく、現代のものではないようだった。
(一体……何がどうなっているの……?……また……この感じ……)
「なるみ?どうしたんだ?」
呆然と立ち尽くしているなるみを心配したのか、夕が声を掛け、顔を覗き込む……ギョッとした。
……なるみは泣いていた。目からは涙がとめどなく流れ、瞬きすらままならない。さすがにマズイと思った夕は、なるみの背中を摩りながら、ドレッサーから離れた。
*****
しばらくして。落ち着きを取り戻したなるみは、夕にこう切り出した。
「………写真に、私が写ってたの………いや、私そっくりな人…………どうなってるの……?私、分からないよ……」
「本当になるみが写ってたのか?」
「うん……。着物着てたけど、私だった…」
「そか。でもなんで泣いてたんだ?」
「分からないよ……ただ、凄く悲しくて、苦しくて………知らないうちに泣いてたの……。泣き止まなきゃって思っても止まらなくて……」
「なるみ、お前はここにいろ。俺が手がかりを探して来る」
「え?ダメだよ!そんな……何かあったら……」
「大丈夫だ、すぐ戻る。ここでおとなしくしてろよ!」
「あ、夕くん………」
なるみの呼びかけに答えず、夕は再び部屋の中に入って行った。
なんだか、なるみをこの部屋に居させたら危険なような…そんな気がした。
グロテスクな表現が含まれています。苦手な方はご遠慮ください。
************
夕は再び部屋に入り、戸棚や箪笥など目に付くものは片っ端から調べたが、何も見つからなかった。
「可笑しいな…開いたってことはキーアイテム的なものがあるはずなんだけど」
夕はふと、ドレッサーに目を止めた。
大きな鏡がはめ込まれ、椅子を挟んだ左右に引き出しが三段ずつ。そして……例の写真立て。
………ここになにかある気がしてならない。
夕はドレッサーに近付き、上から順に引き出しを開けた。
「ない………か……ん?」
何故か無償に写真立てが気になってしょうがない。思わず手が伸びて、写真立てを持ち上げる。
……………カ……ツン……
何かが床に落ちた。
「なんだ?………鍵?どこの鍵だ?…………分からないな……一旦なるみのとこに戻るかな……」
期待していた資料の類はなかった。
もっと調べてみたかったが、なるみを長い時間、一人にして置くのは心配だ。
夕は鍵を握りしめ、なるみの元へ急いだ。
一方のなるみは、先程の写真に写っていた女性の事を考えていた。
相変わらず、赤ん坊の泣き声はする。しかも前より酷くなっているような気がする。
…自分にそっくりな人。どこか悲しそうな目。自分に何か訴えかけているような口元……。
「なんか、単に似てるだけなんて思えないのよね……。なんでなんだろう……」
膝をかかえ、考え込んでいるなるみの背後で、黒い何かがうごめき、次第に大きくなりはじめた。
その気配になるみが気づき振り向くと同時に、その黒い物体は触手を伸ばした。
「え………?きゃああああ!!」
なるみを捕らえた黒い物体は、自らの体内(?)に押し込んだ。そして、壁に染み込むように消えて行った。
************
「なるみ!!……あれ?どこに行った?」
少したった後、夕が戻ってきた。が、なるみはそこにいなかった。
「どこ行ったんだよ本当。…………あれ?」
夕は床に転がっているものに気がついた。
「これは………なるみの薙刀!まさか………なるみ!なるみ!!」
夕はなるみの薙刀をにぎりしめ、走り出した。
****************
************
*******
『何故ですか!?お父様!』
『お前にあの男は相応しくない』
『で、でも私は・・・・』
『貴女を手に入れるためなら、あの男はどんな事でもするんですよ。例えば・・・・殺し・・・とかね』
『~さん、どうか僕の事は忘れて・・・・』
『~さん!・・どうして・・・どうしてなの!?お願い、嘘だと言って!!』
『・・・・さようなら ・・愛しています・・・』
『いや!行かないで!!一人にしないで!!和馬さん!!』
・・・・・この記憶は??いろんな人達の声が頭に流れ込んでくる・・・・。
女の人の声は、たぶん写真立ての人かな・・・?でも、
・・・『和馬さん』て誰?
そこで、なるみは目を覚ました。暫く呆然としていたが、さっきの出来事を思いだし、はっと我に帰る。
「ここは・・・・どこなの?」
相変わらず赤ん坊の泣き声はすごい。しかもすぐ近くで聞こえる。なるみは周りを見回し、窓際の前にカゴのような物を見つける。どうやら声はそこからするようだ。
なんとか起き上がり、カゴを覗き込んだ・・・が、
『ひ・・・・!!!』
なるみは思わず叫びだしそうになり慌て口を抑える。
・・・・そこには、
グチャグチャになり、血ダルマになった・・・・・
赤ん坊だったもの
が横たわっていた。
「な、なんで・・・誰がこんな・・・』
なるみはズリズリと後ずさる。が、背後の何かにぶつかった。その時、ガシリとしがみつかれる。
『誰が?・・・・貴女がやったのよ・・・』
「!!!」
耳元に囁く、地をはいずるような声。あまりの恐ろしさに固まるなるみ。
『貴女が・・・私の子をこんなにしたのよ・・・』
「そ、そんな・・・・私、知らない・・・」
『貴女がやったのよ・・・返してよ、返してよ返して返して返して返して返して・・・・・』
なるみの体にきつくきつくしがみつく女性。ついになるみの恐怖が限界に達した。
「私、私じゃない!私は知らない!は、離して!!離してったら!!」
がむしゃらに暴れ、なんとか振りほどき、ドアに向かって走り出した。
怖くて振り向けない・・・・。振り向いてしまったら、何かとんでもないものを見てしまう・・なるみはドアノブに手をかけた。
「あ、開かない・・・」
なるみがいくら捻っても、ドアはガチャガチャいうだけで開く気配がない。目に涙を浮かべ、必死でドアノブを捻るなるみの背後にあの女性の気配が近付く。
冷たささえ感じさせる気配になるみはビクリと肩を震わせる。するとまた女性の声が聞こえた。
『見ないフリするの?自分がやったくせに…』
「ひっ・・・い、いや・・」
『また逃げるの?あの時みたいに・・・・・・逃がさないわ・・・』
女性はなるみの肩を指が食い込むほど強く掴み、凄い力で振り向かされる。
「きゃああああああああああ」
なるみは悲鳴を上げた。そこには・・・・・
顔が潰れ、服を真っ赤に染め、さっきの赤ん坊を抱いた女性が立っていた・・・。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「!!なるみ!」
その頃、夕はなるみを探して2階のフロアを走り回っていた。叫び声が聞こえたものの、どこの部屋からなのか検討が付かない。とにかく片っ端から調べるしかない。とは言え、ドアの数が何十とあるフロア、一つずつ調べていたら無駄に時間を食ってしまう…。
「なるみ…どこにいるんだ……?な、なんだ?」
夕は少し前方に白い人影を見つける。思わず立ち止まりその人影を凝視する。するとその人影がゆっくり夕に近づいて来た。どうやら男のようだった。
そしてついに、ごくりと喉を鳴らす夕の目と鼻の先に来た。男の顔をみた瞬間夕は唖然とした。
なぜならその男は夕と瓜二つの顔立ちをしていたのだ。そして服装は軍服のような物を着ていた。
「な……お、俺……?」
夕は、ようやく喉の奥から搾り出すようにそれだけ呟く。すると、夕にそっくりなその青年は悲しそうに夕を見ると、
「………か、か………さんを……すけ…………」
今にも消え入りそうな声で訴える。
「な、何?」
「どうか…楓さんを………助けてくれ……」
夕が恐る恐る聞き返すと、青年は今度はハッキリゆっくりと言葉を紡ぐ。
「…か、楓?」
夕がそう聞き返すと、青年は頷きある一つのドアを指差す。
「あ、あそこは、テープが貼ってあったドアじゃ…。もしかして…なるみはここにいるのか?」
青年が示したドアは、確かに先程調べた時には立入禁止のテープが貼ってあったし、鍵も掛かっていた。
「…早く…………誤解を………手遅れにならないうちに………」
青年はそう言うと、段々と薄くなりやがて闇に溶け込むように消えてしまった。夕は少しの間、呆然とした様子で青年が消えた場所を眺めていた。その時、
ゴーン……ゴーン……
と時計の鐘が鳴り響く。夕ははっと我に帰ると、ポケットの中を探る。
先程、ドレッサーがあった部屋で拾った鍵。夕は手に取り、青年が教えてくれたドアの鍵穴に鍵を入れ、回した。
………ガチャリ………
思いのほか大きな音がし、ヒンヤリした空気が夕を包む。一瞬ビクリとなるが、なぜかなるみがいると言う確信があった。
「待ってろ、なるみ…今行く」
ギー……と音をたて扉を開けると、夕は暗闇の中に入って行った。
夕が中に入ると、月明かりだけの薄暗い部屋の真ん中になるみが倒れていた。急いで駆け寄り、なるみを抱き抱えると夕はゾッとした。…体が異常に冷たいのだ。顔も紙のように白い。
「まさか…手遅れってこのことかよ…………なるみ!!なるみ!!」
夕はなるみの体を揺さぶる。すると、
「…ん。…………夕……君?」
未だに目は開かないが、唇が僅かに動き、なるみが呟く。それを聞いた夕は、ホッとする。
「なるみ、大丈夫か?何があったんだ?」
なるみは眉間に僅かにシワを寄せ、苦しそうに唸る。
「わ、たし……やって……ない…………の……。ど………して、信じて………くれな……いの?」
悪夢を見ているのか、なるみはただただ、『やってない』や『信じて』を繰り返す。
夕は胸が締め付けられるような感覚を覚え、なるみをきつく抱きしめ、未だにうなされている彼女の耳に囁いた。
「俺は信じてる。なるみ、お前は何も悪くない…。だから……だから目を覚ましてくれ」
夕は自分で自分に驚いた。このホテルで、初めてなるみと会話した時から感じていた愛おしさ。最初は何故か分からなかったが、『やっと逢えた』と胸が高鳴るあの感覚。しかも先程の青年に逢ってからますますその感覚は強くなってきたように感じる。
夕が悶々としていると、なるみがふと目を覚ました。
「…夕君?………来て……くれたの?」
「なるみ!……はあ……良かった………」
「!!ごめんなさい……。心配掛けて………私…」
なるみは、心から安心した夕の顔を見て、すごく心配してくれた事を知り、嬉しさと申し訳なさで思わず涙ぐむ。
「もう大丈夫だ。なるみ、一旦部屋から出よう」
「待って…私、夕君に言わなくちゃいけないことがあるの………」
「…体平気か?無理するな」
「ううん…平気」
なるみは体を起き上がり、向かい合う形で、夕を真っ直ぐ見つめる。
「…前世の私が、ここで事件を起こしたみたいなの……殺人事件を」
なるみは悲しそうな苦しそうな顔で俯く。
「さ……殺人……?」
夕は、驚いて目を見開く。しかし、同時になるみの言い方が気になった。
「なるみ、みたいって?」
「…前世の私、好きな人がいたのよ。名前は和馬さん。でも……父親に猛反対されて無理矢理別れさせられた。それに腹を立てた私が、屋敷の人達を………」
「……なるみ、俺さ……ここに来る途中、男の人に逢ったんだ。多分、なるみの言った和馬って、何となくだけどその人だと思うんだよ。その人がさ俺に言ったんだ。『楓さんを助けてくれ』って…」
「…楓………?」
不思議そうに夕を見つめるなるみに、夕はゆっくり頷く。
「その和馬って人、俺にそっくりなんだ。なるみも、あの部屋で見た写真、自分にそっくりだって言ってたろ?」
「もしかして…楓さんて…………」
「ああ、まだ仮定だけどな…」
「………前世の私が楓さんで、夕君が和馬さんって事よね………/////」
「どうした?」
「あ、////いや……なんか恥ずかしくなって来ちゃって…………。ごめんね、変だね私。気にしないで」
和馬と楓が、今も愛し合っている事を知った途端、なるみは頬に熱が集まり、夕の顔を見れず、真っ赤になって俯く。
夕は、そんななるみを不思議そうに見つめていたが、ふと頬を染め、笑みを零した。
なるみと夕は、二階に上がった。
二階は前よりも霧が濃くなっていた。
まるでこの先には行かせないとでも言っているかのように…。
そこは、なるみの学校の生徒達が宿泊している…はずだった。
「おい。やけに静かじゃないか?」
「うん……寝てるにしても…おかしいよね」
確かに変なのだ。
霧に包まれているのは相変わらずだが、物音どころか気配すらしない。まるで存在すべてが消えてしまったかのように……。
「あれ?」
なるみは何かに気がついた。
「この階のドア、こんな古い形だったっけ……」
夕方、ホテルに着いて、部屋に入る時に見た時は小綺麗で、カードキーが付いたドアだったのだ。なのに今は、年季が入った飴色のドアで鍵穴がある。
「……どうなってるの……」
なるみが呟くと、しばらく何かを考えていた夕が突然一つのドアに向かって歩きだす。
「なんだ?この黄色いテープ。『KEEP OUT』?立入禁止って事か?…事件があった場所に貼るやつだよな、これ」
「でも、他のドアは貼ってないみたいね。もしかしたら、他にも貼ってある場所があるのかな」
「探してみよう」
「そうね」
なるみと夕は探索を開始する。
何故か、このテープが貼ってある場所に、入らなければならない……二人はそんな気がしていた。
小1時間歩き回り、もう一つテープが貼ってあるドアを見つけた。
入ろうにも取っ手にまで、テープがぐるぐると巻かれており、回せない上にご丁寧に鍵までかかっていた。テープは強引に取れるとして、鍵は難しいだろう。
二人は再び階段の前まで戻り、作戦会議を始めた。
「これじゃ、先に進むのは難しそうだな」
「3階って行けないの?」
「ん、さっき上ろうとしたんだけど、なかったんだ」
「何が?」
「階段」
「……え?」
なるみは振り返り、階段の側まで行くと、
「本当だわ。3階に行く階段がなくなってる……」
……確かに無かった。普通なら下に向かう階段の横にあるはずなのだが、もともと階段なんて無かったかのように壁になっていた。
「どうやらこの屋敷は、俺達を外に出したくないみたいだ」
夕は剣を持つ手に力を入れた。
一方のなるみも、薙刀を両手で握りしめ、霧に覆われたフロアを見つめる。
「とにかく、調べて見ないと何とも言えないな。鍵が開いてる部屋がないか調べてみようか」
「そうね。立ち止まってても仕方ないし。行きましょ」
二人はお互いに頷き合うと霧の中へ進んで行った。
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キ
ダ
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リ
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サ
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なるみと夕は、二手に別れ、入れるドアを探した。
しかし、鍵がかかっているドアばかりで、いい加減二人とも疲れ始めた時、一つのドアの鍵が開いている事に気づいた。
「あれ?さっきは開かなかったはず………ま、いいか。夕くんを呼んで来なくちゃ!!」
……確かにそのドアは先程まで閉まっていた。
その証拠に目印に赤ペンで花のマークが壁に描いてある。
実はさっき、夕が蹴破ろうとしていたのを何とか止めた際に、何となく付けて置いたのだ。
根拠はない。が、確信はある。開いていると言うことは、この空間を作り、自分達を引き込んだ何者かが、『入れ』と言っているのだ。
「本当にゲームみたいな展開になったわね」
なるみはそう呟くと夕の元へ急いだ。
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「夕くん!」
「…なるみ?どうした?」
夕は力尽きたのか、階段に座り込んでいた。
「見つけたの、入れるドア!」
「本当か?」
「うん、試しに開けてみたら開いたから、間違いないわ」
「よし、じゃあ行こう!」
二人が歩きだそう……としたその時、
オギャー……オギャー…
赤ん坊の泣き声が聞こえた。しかもその声はかなりの音量で、ずっと聞いているとおかしくなってしまいそうだ。
二人は思わず、ギクリと足を止める。
「な……今度はなに?」
「どっから聞こえんだ?」
「と、とにかく開いてるドアに行きましょう」
「ああ……」
二人は頷きあい、ドアに向かい走り出した。
……その間じゅうずっと赤ん坊の声は鳴り響いていた………。
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「ここよ」
「え……ここって、さっき閉まってたろ?」
「うん……そうなんだけど、確かに開いてるのよ」
なるみは、ほら…とドアノブを下げ押す。
キィィー…という音と共に、ドアの隙間からはぼんやり青白い光が漏れている。二人はゴクリと生唾を飲み込み、部屋の中に入った。
「……カビ臭いな。長い間誰も住んでいないみたいだ……」
「何か手がかりになるものは……あら?」
クルリと辺りを見回すなるみは、ある場所で何かを見つけた。
それは細かい細工が美しいドレッサーだった。その上には、化粧品や香水の瓶と一緒に写真立てが飾ってあった。
なるみは無意識に近寄り、写真立てを見つめる。そして、驚愕に言葉を失う。
(え…………私………?)
そう、写真立てに入っていた白黒の写真の被写体は、なるみだったのだ。着物を着ており髪型も若干違うものの確かになるみだった。なぜ、こんな場所に自分の写真が。それに和服で写真なんて撮った事ないのに。しかもかなり古めかしく、現代のものではないようだった。
(一体……何がどうなっているの……?……また……この感じ……)
「なるみ?どうしたんだ?」
呆然と立ち尽くしているなるみを心配したのか、夕が声を掛け、顔を覗き込む……ギョッとした。
……なるみは泣いていた。目からは涙がとめどなく流れ、瞬きすらままならない。さすがにマズイと思った夕は、なるみの背中を摩りながら、ドレッサーから離れた。
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しばらくして。落ち着きを取り戻したなるみは、夕にこう切り出した。
「………写真に、私が写ってたの………いや、私そっくりな人…………どうなってるの……?私、分からないよ……」
「本当になるみが写ってたのか?」
「うん……。着物着てたけど、私だった…」
「そか。でもなんで泣いてたんだ?」
「分からないよ……ただ、凄く悲しくて、苦しくて………知らないうちに泣いてたの……。泣き止まなきゃって思っても止まらなくて……」
「なるみ、お前はここにいろ。俺が手がかりを探して来る」
「え?ダメだよ!そんな……何かあったら……」
「大丈夫だ、すぐ戻る。ここでおとなしくしてろよ!」
「あ、夕くん………」
なるみの呼びかけに答えず、夕は再び部屋の中に入って行った。
なんだか、なるみをこの部屋に居させたら危険なような…そんな気がした。
グロテスクな表現が含まれています。苦手な方はご遠慮ください。
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夕は再び部屋に入り、戸棚や箪笥など目に付くものは片っ端から調べたが、何も見つからなかった。
「可笑しいな…開いたってことはキーアイテム的なものがあるはずなんだけど」
夕はふと、ドレッサーに目を止めた。
大きな鏡がはめ込まれ、椅子を挟んだ左右に引き出しが三段ずつ。そして……例の写真立て。
………ここになにかある気がしてならない。
夕はドレッサーに近付き、上から順に引き出しを開けた。
「ない………か……ん?」
何故か無償に写真立てが気になってしょうがない。思わず手が伸びて、写真立てを持ち上げる。
……………カ……ツン……
何かが床に落ちた。
「なんだ?………鍵?どこの鍵だ?…………分からないな……一旦なるみのとこに戻るかな……」
期待していた資料の類はなかった。
もっと調べてみたかったが、なるみを長い時間、一人にして置くのは心配だ。
夕は鍵を握りしめ、なるみの元へ急いだ。
一方のなるみは、先程の写真に写っていた女性の事を考えていた。
相変わらず、赤ん坊の泣き声はする。しかも前より酷くなっているような気がする。
…自分にそっくりな人。どこか悲しそうな目。自分に何か訴えかけているような口元……。
「なんか、単に似てるだけなんて思えないのよね……。なんでなんだろう……」
膝をかかえ、考え込んでいるなるみの背後で、黒い何かがうごめき、次第に大きくなりはじめた。
その気配になるみが気づき振り向くと同時に、その黒い物体は触手を伸ばした。
「え………?きゃああああ!!」
なるみを捕らえた黒い物体は、自らの体内(?)に押し込んだ。そして、壁に染み込むように消えて行った。
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「なるみ!!……あれ?どこに行った?」
少したった後、夕が戻ってきた。が、なるみはそこにいなかった。
「どこ行ったんだよ本当。…………あれ?」
夕は床に転がっているものに気がついた。
「これは………なるみの薙刀!まさか………なるみ!なるみ!!」
夕はなるみの薙刀をにぎりしめ、走り出した。
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『何故ですか!?お父様!』
『お前にあの男は相応しくない』
『で、でも私は・・・・』
『貴女を手に入れるためなら、あの男はどんな事でもするんですよ。例えば・・・・殺し・・・とかね』
『~さん、どうか僕の事は忘れて・・・・』
『~さん!・・どうして・・・どうしてなの!?お願い、嘘だと言って!!』
『・・・・さようなら ・・愛しています・・・』
『いや!行かないで!!一人にしないで!!和馬さん!!』
・・・・・この記憶は??いろんな人達の声が頭に流れ込んでくる・・・・。
女の人の声は、たぶん写真立ての人かな・・・?でも、
・・・『和馬さん』て誰?
そこで、なるみは目を覚ました。暫く呆然としていたが、さっきの出来事を思いだし、はっと我に帰る。
「ここは・・・・どこなの?」
相変わらず赤ん坊の泣き声はすごい。しかもすぐ近くで聞こえる。なるみは周りを見回し、窓際の前にカゴのような物を見つける。どうやら声はそこからするようだ。
なんとか起き上がり、カゴを覗き込んだ・・・が、
『ひ・・・・!!!』
なるみは思わず叫びだしそうになり慌て口を抑える。
・・・・そこには、
グチャグチャになり、血ダルマになった・・・・・
赤ん坊だったもの
が横たわっていた。
「な、なんで・・・誰がこんな・・・』
なるみはズリズリと後ずさる。が、背後の何かにぶつかった。その時、ガシリとしがみつかれる。
『誰が?・・・・貴女がやったのよ・・・』
「!!!」
耳元に囁く、地をはいずるような声。あまりの恐ろしさに固まるなるみ。
『貴女が・・・私の子をこんなにしたのよ・・・』
「そ、そんな・・・・私、知らない・・・」
『貴女がやったのよ・・・返してよ、返してよ返して返して返して返して返して・・・・・』
なるみの体にきつくきつくしがみつく女性。ついになるみの恐怖が限界に達した。
「私、私じゃない!私は知らない!は、離して!!離してったら!!」
がむしゃらに暴れ、なんとか振りほどき、ドアに向かって走り出した。
怖くて振り向けない・・・・。振り向いてしまったら、何かとんでもないものを見てしまう・・なるみはドアノブに手をかけた。
「あ、開かない・・・」
なるみがいくら捻っても、ドアはガチャガチャいうだけで開く気配がない。目に涙を浮かべ、必死でドアノブを捻るなるみの背後にあの女性の気配が近付く。
冷たささえ感じさせる気配になるみはビクリと肩を震わせる。するとまた女性の声が聞こえた。
『見ないフリするの?自分がやったくせに…』
「ひっ・・・い、いや・・」
『また逃げるの?あの時みたいに・・・・・・逃がさないわ・・・』
女性はなるみの肩を指が食い込むほど強く掴み、凄い力で振り向かされる。
「きゃああああああああああ」
なるみは悲鳴を上げた。そこには・・・・・
顔が潰れ、服を真っ赤に染め、さっきの赤ん坊を抱いた女性が立っていた・・・。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「!!なるみ!」
その頃、夕はなるみを探して2階のフロアを走り回っていた。叫び声が聞こえたものの、どこの部屋からなのか検討が付かない。とにかく片っ端から調べるしかない。とは言え、ドアの数が何十とあるフロア、一つずつ調べていたら無駄に時間を食ってしまう…。
「なるみ…どこにいるんだ……?な、なんだ?」
夕は少し前方に白い人影を見つける。思わず立ち止まりその人影を凝視する。するとその人影がゆっくり夕に近づいて来た。どうやら男のようだった。
そしてついに、ごくりと喉を鳴らす夕の目と鼻の先に来た。男の顔をみた瞬間夕は唖然とした。
なぜならその男は夕と瓜二つの顔立ちをしていたのだ。そして服装は軍服のような物を着ていた。
「な……お、俺……?」
夕は、ようやく喉の奥から搾り出すようにそれだけ呟く。すると、夕にそっくりなその青年は悲しそうに夕を見ると、
「………か、か………さんを……すけ…………」
今にも消え入りそうな声で訴える。
「な、何?」
「どうか…楓さんを………助けてくれ……」
夕が恐る恐る聞き返すと、青年は今度はハッキリゆっくりと言葉を紡ぐ。
「…か、楓?」
夕がそう聞き返すと、青年は頷きある一つのドアを指差す。
「あ、あそこは、テープが貼ってあったドアじゃ…。もしかして…なるみはここにいるのか?」
青年が示したドアは、確かに先程調べた時には立入禁止のテープが貼ってあったし、鍵も掛かっていた。
「…早く…………誤解を………手遅れにならないうちに………」
青年はそう言うと、段々と薄くなりやがて闇に溶け込むように消えてしまった。夕は少しの間、呆然とした様子で青年が消えた場所を眺めていた。その時、
ゴーン……ゴーン……
と時計の鐘が鳴り響く。夕ははっと我に帰ると、ポケットの中を探る。
先程、ドレッサーがあった部屋で拾った鍵。夕は手に取り、青年が教えてくれたドアの鍵穴に鍵を入れ、回した。
………ガチャリ………
思いのほか大きな音がし、ヒンヤリした空気が夕を包む。一瞬ビクリとなるが、なぜかなるみがいると言う確信があった。
「待ってろ、なるみ…今行く」
ギー……と音をたて扉を開けると、夕は暗闇の中に入って行った。
夕が中に入ると、月明かりだけの薄暗い部屋の真ん中になるみが倒れていた。急いで駆け寄り、なるみを抱き抱えると夕はゾッとした。…体が異常に冷たいのだ。顔も紙のように白い。
「まさか…手遅れってこのことかよ…………なるみ!!なるみ!!」
夕はなるみの体を揺さぶる。すると、
「…ん。…………夕……君?」
未だに目は開かないが、唇が僅かに動き、なるみが呟く。それを聞いた夕は、ホッとする。
「なるみ、大丈夫か?何があったんだ?」
なるみは眉間に僅かにシワを寄せ、苦しそうに唸る。
「わ、たし……やって……ない…………の……。ど………して、信じて………くれな……いの?」
悪夢を見ているのか、なるみはただただ、『やってない』や『信じて』を繰り返す。
夕は胸が締め付けられるような感覚を覚え、なるみをきつく抱きしめ、未だにうなされている彼女の耳に囁いた。
「俺は信じてる。なるみ、お前は何も悪くない…。だから……だから目を覚ましてくれ」
夕は自分で自分に驚いた。このホテルで、初めてなるみと会話した時から感じていた愛おしさ。最初は何故か分からなかったが、『やっと逢えた』と胸が高鳴るあの感覚。しかも先程の青年に逢ってからますますその感覚は強くなってきたように感じる。
夕が悶々としていると、なるみがふと目を覚ました。
「…夕君?………来て……くれたの?」
「なるみ!……はあ……良かった………」
「!!ごめんなさい……。心配掛けて………私…」
なるみは、心から安心した夕の顔を見て、すごく心配してくれた事を知り、嬉しさと申し訳なさで思わず涙ぐむ。
「もう大丈夫だ。なるみ、一旦部屋から出よう」
「待って…私、夕君に言わなくちゃいけないことがあるの………」
「…体平気か?無理するな」
「ううん…平気」
なるみは体を起き上がり、向かい合う形で、夕を真っ直ぐ見つめる。
「…前世の私が、ここで事件を起こしたみたいなの……殺人事件を」
なるみは悲しそうな苦しそうな顔で俯く。
「さ……殺人……?」
夕は、驚いて目を見開く。しかし、同時になるみの言い方が気になった。
「なるみ、みたいって?」
「…前世の私、好きな人がいたのよ。名前は和馬さん。でも……父親に猛反対されて無理矢理別れさせられた。それに腹を立てた私が、屋敷の人達を………」
「……なるみ、俺さ……ここに来る途中、男の人に逢ったんだ。多分、なるみの言った和馬って、何となくだけどその人だと思うんだよ。その人がさ俺に言ったんだ。『楓さんを助けてくれ』って…」
「…楓………?」
不思議そうに夕を見つめるなるみに、夕はゆっくり頷く。
「その和馬って人、俺にそっくりなんだ。なるみも、あの部屋で見た写真、自分にそっくりだって言ってたろ?」
「もしかして…楓さんて…………」
「ああ、まだ仮定だけどな…」
「………前世の私が楓さんで、夕君が和馬さんって事よね………/////」
「どうした?」
「あ、////いや……なんか恥ずかしくなって来ちゃって…………。ごめんね、変だね私。気にしないで」
和馬と楓が、今も愛し合っている事を知った途端、なるみは頬に熱が集まり、夕の顔を見れず、真っ赤になって俯く。
夕は、そんななるみを不思議そうに見つめていたが、ふと頬を染め、笑みを零した。
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第三話《完》
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第三話《完》
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