過去~楓~
運命なんて………信じない……
荻月市内の一際大きな屋敷の主には一人の愛娘がいた。
「お父様、今帰りました」
「お帰り。楓」
母親を早くに亡くした我が子に寂しい思いをさせまいと、愛情を惜しみなく注いできた父親。
まだ小さい子供と思っていた娘は年頃になり、美しく成長した。それが嬉しくもあり、もうすぐ親離れの時期かと寂しくもあった。
「お父様、明日お友達とお花見に行きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「桜ちゃんとか?」
「はい」
「気をつけて、楽しんでおいで」
「ありがとうございます!お父様!」
楓には桜という親友がいた。家柄は普通だが幼い頃から一緒で、家族ぐるみの付き合いだった。二人は年に一度、桜の花の咲く季節に、お花見をするのが恒例だった。
「明日は何を着ていこう」と楽しそうに自室に行く楓を見送り、父親も書斎に戻って行った。
「おはよう!!楓。いい天気になって良かったね!」
次の日、楓と桜はいつもの園庭で落ち合った。
「ごめんなさい、待たせちゃって…お着付けに時間が掛かっちゃって……」
「大丈夫、大丈夫。私も今来たところよ!お弁当作るのに時間かかっちゃって(笑)」
申し訳なさそうに謝る楓に、桜が風呂敷に包んだ重箱を掲げ軽く笑う。その中にはお手製の料理が一杯詰め込まれているのだろう。楓は嬉しそうに微笑んだ。
毎年作ってきてくれる、桜の特製花見弁当は、凄く美味しいのだ。見た目の美しさもだが、一つ一つの料理が上品で、それでいて懐かしい素朴な味をしている。それもそのはず、桜の家は皇室や貴族ご用達の仕出し店なのだ。
「今日はお休み?」
「んーん。鷹ノ原のお坊ちゃまの遠足のお弁当の注文が入って。朝早くに父さんが打ち合わせに行ったよ」
「そうなの。大変ね」
「まあね。でも、仕事がないよりマシだって」
有り難いことですと笑う桜に楓も笑う。
二人はしばらく談笑しながら桜並木を散策したり、出店を覗いたりと楽しく過ごした。
やがてお昼時となり、見事に咲いた桜の根元に茣蓙を敷き腰を下ろすと、桜は重箱を開ける。
「はい、どうぞ召し上がれ!!」
「うわあ!すごい美味しそう!!」
重箱には煮物を始め、焼き物やでんぶや錦糸卵で綺麗に飾られたちらし寿司が詰められていた。
桜は小皿と箸を楓に渡し、白いハンカチを差し出す。
「?何?」
「折角の綺麗な着物、汚しちゃダメよ。これ膝に敷いて」
「!ありがとう!桜」
桜はいつも楓を気遣う。そのさりげない優しさに何度救われたか…。
楓は貸してくれたハンカチを膝に敷くと、重箱の中のご馳走を味わった。
食事が終わってから、桜を眺めながら色々な話をし、気づけば夕暮れがせまっていた。
「いけない!もうこんな時間?」
「あっという間だったね。そろそろ帰ろっか」
「うん……ねぇ桜」
「うん?」
「あの…来年も一緒にお花見してくれる?」
「ははは!当たり前じゃない!もちろん!」
「ありがとう………桜…」
「毎年同じ事聞くよねぇ、楓(笑)」
「う……ごめんなさい…」
「別に怒ってる訳じゃないよ。私達親友じゃない」
「うん……ありがとう」
「……何かあった?」
「え?……ううん。何も………」
「………そう?ならいいけど…」
……いつまでこんな風に、二人で楽しい時間が過ごせるか分からない。
実は、桜には言っていないが、楓はもうお見合いの話が出ていた。楓自身、相手方の男性があまり好きではない。何故なら、その男性は一回り以上歳が離れており、しかも何度か楓の家に出入りしては、楓を無理矢理自宅に連れていこうとするのだ。父親も知ってはいるが、学生時代の恩師の孫ということで、無下に断れなかった。
その事を分かっているらしく、最近さらに悪化しており、楓も精神的に限界が近い。かといって桜に余計な心配は掛けさせたくない。
楓はぐっと堪え、帰ろうと桜を促し歩きだした。
とその時、
―ドンッ―
誰かとぶつかった。
「ご、ごめんなさいっ!前を見てなくて……」
「いや、こっちこそ注意してなかった。すまない」
二人はお互いに慌てて頭を下げた。そして頭をあげる。
「!!////」
楓は思わず息をのんだ。
目の前には学ランに身を包んだ美青年が立っていた。スラッと長身で、サラサラの黒髪は短く切り揃えられており、端正な顔立ち…。楓の頬に熱が集まる。
「……?どうしたの?」
青年が不思議そうに楓を見る。隣にいる桜に突かれ、ようやく我に返った楓は、恥ずかしそうに俯く。
「ごめんなさい。ジロジロ見ちゃって……あのお怪我は?」
「大丈夫だよ。君こそ大丈夫?」
「わ、私は平気です!!」
「そうか…良かった」
「あ、あの…」
「俺は羽山和馬。君、名前は?」
「えっ?あ、私は高見沢楓です」
あわあわと自己紹介する楓を見て、和馬はほほ笑む。
「楓さんか…素敵な名前だね」
「そ、そんな事…/////」
「ところで隣のお嬢さん、そんなに睨まないでくれよ(笑)」
「べ、別に睨んでないわよ!」
「君は?」
「………桜、築島桜よ」
「桜か…確かに桜が似合うな。可愛い名前だ」
「な!!/////」
和馬の口説き文句(?)に、そういう台詞を言われ慣れていない桜は、真っ赤になる。
そんな桜を見てクスクス笑う楓、一方和馬の方は、かなりの天然キャラなのかキョトンとした表情で、二人の顔を見る。
そのあと薄暗くなるまで、三人でお茶を飲みながらお喋りし、二人は和馬に送られて家路に着いた。
―――
――
―
それから…楓と和馬の逢瀬が始まった。
恋愛など、自分には無関係だと思っていた楓は、初めての感情に戸惑いながらも、和馬の誠実さに惹かれていった。
一方の和馬も、楓の優しさや素直な性格に惹かれていった。
しばらくは、楽しい日々が続いていた。
しかし、それをよく思わない人物がいたのだ。
「楓…私というものがありながら、あんなどこの馬の骨とも分からない男と……………」
楓の自称婚約者、間宮志郎だった。
間宮は楓の父の恩師の孫で、資産家のお坊ちゃまだった。我が儘で気位いが高く、自己顕示欲が強いため、楓に苦手意識を持たれているのだが、本人は気にせず楓に強引に婚約を迫っていた。
「なんとかして、あの二人を引き離す方法がないものだろうか」
間宮は考えた末、楓の父に二人のいかがわしい関係をでっちあげ、引き離すように諭した。
最初は間宮の言う事が信じられずにいたが、あまりにマメに報告してくるのと、恩師の孫であるという事から、間宮の言う通り楓に和馬との逢瀬をやめさせる事にした。
「お父様、何でしょうか?」
父は、楓を自室に呼び出した。心なしか不安そうな楓を見、重く口を開いた。
「うむ……お前最近、和馬という男と会っているようだな」
ギクッとした楓。なぜ…なぜ父が知っているのだろうか。まだ紹介もまだしていなかったはずなのに。
「え……あ、はい。黙っていてすみません。今度、きちんと紹介を…」
「その必要はない」
「え?」
楓の言葉を遮り、真っすぐ娘を見つめる父。楓は思わず息を飲んだ。
「もう、逢ってはいかん」
「な、お、父様……?」
なぜこんな事を言われたのか……自分達は健全なお付き合いをしているつもりだった。いかがわしい事など何もないはずなのに……。
「なぜですか?なぜ好きになってはいけないの?お父様!」
「あの男はお前に相応しくない」
心臓をえぐられるような痛みと苦しみ。大好きな人をそんな風に言われるのが、悲しくて……、楓は涙をこらえ拳を握りしめる。
「でもっ、私は………私は彼を愛しています!!身分とかそんなもの関係ないんです!!わかってください!お父様!!」
必死で訴える楓に父は惑う。このようにムキになった娘を初めて見たからだ。もしかしたら、自分は娘の幸せを壊そうとしているのか……?と思ったが、間宮の言葉が脳裏を掠めた。
「あの男は楓さんを手に入れるためならなんでもしますよ。例えば……殺しとか」
間宮の話が本当なら、そんな男のそばにいたら、娘が危ない。
「とにかく、もう逢ってはいかん!!分かったな?お前の為なのだ」
「そんな…お父様!!」
「今日はもう遅い…部屋に戻って休みなさい…」
「………」
しばらく俯き黙りこくる楓。父はそんな楓を横目に机に向かう。
…なぜこんな事を言われなければならないのか。それよりも、いつもの温厚で優しい父の台詞とは思えないほどの彼への冷たい言葉。
「お父様……酷い……酷い!!」
―バタン
今の父といる事に耐え切れなくなった楓は、部屋を飛だして行った。
「………ふふふ。上手く事が運んだな。用意はいいか?」
「……本当にやるの?私…やっぱり……」
「何を今更。君は和馬が欲しい。私は楓が欲しいのだ。利害は一致しているだろう?」
「…………それは…」
「お互いの幸せの為だ……」
なあ
運命は無慈悲で残酷な出来事を運んできた。
―なんで、どうしてこんな事になってしまったのか…―
「ん…」
しんと寝静まる部屋。
里穂はふと目を覚ました。
「あ…れ…?なるみ?」
周りを見回し、隣に寝ているはずの親友の姿が見えない事に気づく。
「…どこ行ったんだろ。トイレかな…?」
心配なのだが、寝起きのボンヤリした頭では何も考える事が出来ず、ふああと一つ欠伸をし、再びベッドに潜り込んだ。
……と、その時
「おいで…」
「!!」
今にも消え入りそうな女の子の声。
バッと飛び起きるが、部屋には誰もいない。
「…だ、誰?なるみ?」
キョロキョロと辺りを見回して見ても薄暗い部屋があるだけで人影どころか物音すらしない。
里穂は体の奥から震えが沸き上がり、布団をぎゅっと握りしめたまま固まっていた。するとまた…
「…こっちに……おいで…」
「ひっ…」
今度は少し声がハッキリしていた。
しゃっくりのような悲鳴を上げ、さらに体を縮める。そしてハッとする。
「……霧?」
部屋を覆う白い霧。里穂はその光景をただただ見ているしか出来ない。すると……
「こっちにおいで」
里穂は恐怖のあまり声さえ出せない。
なぜならその声は…………
「う、後ろにいる…」
里穂の背後から聞こえてきたのだ。そして、ハッキリ浮かび上がる人影。
それは和服を着た、自分にそっくりな少女。
驚きと恐怖で声がでない里穂にゆっくりと手を伸ばす。
「やっと…やっと見つけたよ…もう一人の『私』…さあ、あなたも罪を背負うのよ……」
少女は里穂の腕を掴み、引っ張る。里穂は必死に抵抗するものの、少女の力は想像以上に強く、どんどん引きずられていく。
少女は里穂の腕を掴んだまま、霧の中へと進んでいく。
「ひ……い、いやああああ…!!」
里穂は悲鳴をあげ、意識を手放した。
薄れる意識の中で最後に見たものは、恐ろしく歪んだ少女の笑顔だった。
運命なんて………信じない……
荻月市内の一際大きな屋敷の主には一人の愛娘がいた。
「お父様、今帰りました」
「お帰り。楓」
母親を早くに亡くした我が子に寂しい思いをさせまいと、愛情を惜しみなく注いできた父親。
まだ小さい子供と思っていた娘は年頃になり、美しく成長した。それが嬉しくもあり、もうすぐ親離れの時期かと寂しくもあった。
「お父様、明日お友達とお花見に行きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「桜ちゃんとか?」
「はい」
「気をつけて、楽しんでおいで」
「ありがとうございます!お父様!」
楓には桜という親友がいた。家柄は普通だが幼い頃から一緒で、家族ぐるみの付き合いだった。二人は年に一度、桜の花の咲く季節に、お花見をするのが恒例だった。
「明日は何を着ていこう」と楽しそうに自室に行く楓を見送り、父親も書斎に戻って行った。
「おはよう!!楓。いい天気になって良かったね!」
次の日、楓と桜はいつもの園庭で落ち合った。
「ごめんなさい、待たせちゃって…お着付けに時間が掛かっちゃって……」
「大丈夫、大丈夫。私も今来たところよ!お弁当作るのに時間かかっちゃって(笑)」
申し訳なさそうに謝る楓に、桜が風呂敷に包んだ重箱を掲げ軽く笑う。その中にはお手製の料理が一杯詰め込まれているのだろう。楓は嬉しそうに微笑んだ。
毎年作ってきてくれる、桜の特製花見弁当は、凄く美味しいのだ。見た目の美しさもだが、一つ一つの料理が上品で、それでいて懐かしい素朴な味をしている。それもそのはず、桜の家は皇室や貴族ご用達の仕出し店なのだ。
「今日はお休み?」
「んーん。鷹ノ原のお坊ちゃまの遠足のお弁当の注文が入って。朝早くに父さんが打ち合わせに行ったよ」
「そうなの。大変ね」
「まあね。でも、仕事がないよりマシだって」
有り難いことですと笑う桜に楓も笑う。
二人はしばらく談笑しながら桜並木を散策したり、出店を覗いたりと楽しく過ごした。
やがてお昼時となり、見事に咲いた桜の根元に茣蓙を敷き腰を下ろすと、桜は重箱を開ける。
「はい、どうぞ召し上がれ!!」
「うわあ!すごい美味しそう!!」
重箱には煮物を始め、焼き物やでんぶや錦糸卵で綺麗に飾られたちらし寿司が詰められていた。
桜は小皿と箸を楓に渡し、白いハンカチを差し出す。
「?何?」
「折角の綺麗な着物、汚しちゃダメよ。これ膝に敷いて」
「!ありがとう!桜」
桜はいつも楓を気遣う。そのさりげない優しさに何度救われたか…。
楓は貸してくれたハンカチを膝に敷くと、重箱の中のご馳走を味わった。
食事が終わってから、桜を眺めながら色々な話をし、気づけば夕暮れがせまっていた。
「いけない!もうこんな時間?」
「あっという間だったね。そろそろ帰ろっか」
「うん……ねぇ桜」
「うん?」
「あの…来年も一緒にお花見してくれる?」
「ははは!当たり前じゃない!もちろん!」
「ありがとう………桜…」
「毎年同じ事聞くよねぇ、楓(笑)」
「う……ごめんなさい…」
「別に怒ってる訳じゃないよ。私達親友じゃない」
「うん……ありがとう」
「……何かあった?」
「え?……ううん。何も………」
「………そう?ならいいけど…」
……いつまでこんな風に、二人で楽しい時間が過ごせるか分からない。
実は、桜には言っていないが、楓はもうお見合いの話が出ていた。楓自身、相手方の男性があまり好きではない。何故なら、その男性は一回り以上歳が離れており、しかも何度か楓の家に出入りしては、楓を無理矢理自宅に連れていこうとするのだ。父親も知ってはいるが、学生時代の恩師の孫ということで、無下に断れなかった。
その事を分かっているらしく、最近さらに悪化しており、楓も精神的に限界が近い。かといって桜に余計な心配は掛けさせたくない。
楓はぐっと堪え、帰ろうと桜を促し歩きだした。
とその時、
―ドンッ―
誰かとぶつかった。
「ご、ごめんなさいっ!前を見てなくて……」
「いや、こっちこそ注意してなかった。すまない」
二人はお互いに慌てて頭を下げた。そして頭をあげる。
「!!////」
楓は思わず息をのんだ。
目の前には学ランに身を包んだ美青年が立っていた。スラッと長身で、サラサラの黒髪は短く切り揃えられており、端正な顔立ち…。楓の頬に熱が集まる。
「……?どうしたの?」
青年が不思議そうに楓を見る。隣にいる桜に突かれ、ようやく我に返った楓は、恥ずかしそうに俯く。
「ごめんなさい。ジロジロ見ちゃって……あのお怪我は?」
「大丈夫だよ。君こそ大丈夫?」
「わ、私は平気です!!」
「そうか…良かった」
「あ、あの…」
「俺は羽山和馬。君、名前は?」
「えっ?あ、私は高見沢楓です」
あわあわと自己紹介する楓を見て、和馬はほほ笑む。
「楓さんか…素敵な名前だね」
「そ、そんな事…/////」
「ところで隣のお嬢さん、そんなに睨まないでくれよ(笑)」
「べ、別に睨んでないわよ!」
「君は?」
「………桜、築島桜よ」
「桜か…確かに桜が似合うな。可愛い名前だ」
「な!!/////」
和馬の口説き文句(?)に、そういう台詞を言われ慣れていない桜は、真っ赤になる。
そんな桜を見てクスクス笑う楓、一方和馬の方は、かなりの天然キャラなのかキョトンとした表情で、二人の顔を見る。
そのあと薄暗くなるまで、三人でお茶を飲みながらお喋りし、二人は和馬に送られて家路に着いた。
―――
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―
それから…楓と和馬の逢瀬が始まった。
恋愛など、自分には無関係だと思っていた楓は、初めての感情に戸惑いながらも、和馬の誠実さに惹かれていった。
一方の和馬も、楓の優しさや素直な性格に惹かれていった。
しばらくは、楽しい日々が続いていた。
しかし、それをよく思わない人物がいたのだ。
「楓…私というものがありながら、あんなどこの馬の骨とも分からない男と……………」
楓の自称婚約者、間宮志郎だった。
間宮は楓の父の恩師の孫で、資産家のお坊ちゃまだった。我が儘で気位いが高く、自己顕示欲が強いため、楓に苦手意識を持たれているのだが、本人は気にせず楓に強引に婚約を迫っていた。
「なんとかして、あの二人を引き離す方法がないものだろうか」
間宮は考えた末、楓の父に二人のいかがわしい関係をでっちあげ、引き離すように諭した。
最初は間宮の言う事が信じられずにいたが、あまりにマメに報告してくるのと、恩師の孫であるという事から、間宮の言う通り楓に和馬との逢瀬をやめさせる事にした。
「お父様、何でしょうか?」
父は、楓を自室に呼び出した。心なしか不安そうな楓を見、重く口を開いた。
「うむ……お前最近、和馬という男と会っているようだな」
ギクッとした楓。なぜ…なぜ父が知っているのだろうか。まだ紹介もまだしていなかったはずなのに。
「え……あ、はい。黙っていてすみません。今度、きちんと紹介を…」
「その必要はない」
「え?」
楓の言葉を遮り、真っすぐ娘を見つめる父。楓は思わず息を飲んだ。
「もう、逢ってはいかん」
「な、お、父様……?」
なぜこんな事を言われたのか……自分達は健全なお付き合いをしているつもりだった。いかがわしい事など何もないはずなのに……。
「なぜですか?なぜ好きになってはいけないの?お父様!」
「あの男はお前に相応しくない」
心臓をえぐられるような痛みと苦しみ。大好きな人をそんな風に言われるのが、悲しくて……、楓は涙をこらえ拳を握りしめる。
「でもっ、私は………私は彼を愛しています!!身分とかそんなもの関係ないんです!!わかってください!お父様!!」
必死で訴える楓に父は惑う。このようにムキになった娘を初めて見たからだ。もしかしたら、自分は娘の幸せを壊そうとしているのか……?と思ったが、間宮の言葉が脳裏を掠めた。
「あの男は楓さんを手に入れるためならなんでもしますよ。例えば……殺しとか」
間宮の話が本当なら、そんな男のそばにいたら、娘が危ない。
「とにかく、もう逢ってはいかん!!分かったな?お前の為なのだ」
「そんな…お父様!!」
「今日はもう遅い…部屋に戻って休みなさい…」
「………」
しばらく俯き黙りこくる楓。父はそんな楓を横目に机に向かう。
…なぜこんな事を言われなければならないのか。それよりも、いつもの温厚で優しい父の台詞とは思えないほどの彼への冷たい言葉。
「お父様……酷い……酷い!!」
―バタン
今の父といる事に耐え切れなくなった楓は、部屋を飛だして行った。
「………ふふふ。上手く事が運んだな。用意はいいか?」
「……本当にやるの?私…やっぱり……」
「何を今更。君は和馬が欲しい。私は楓が欲しいのだ。利害は一致しているだろう?」
「…………それは…」
「お互いの幸せの為だ……」
なあ
桜
運命は無慈悲で残酷な出来事を運んできた。
―なんで、どうしてこんな事になってしまったのか…―
「ん…」
しんと寝静まる部屋。
里穂はふと目を覚ました。
「あ…れ…?なるみ?」
周りを見回し、隣に寝ているはずの親友の姿が見えない事に気づく。
「…どこ行ったんだろ。トイレかな…?」
心配なのだが、寝起きのボンヤリした頭では何も考える事が出来ず、ふああと一つ欠伸をし、再びベッドに潜り込んだ。
……と、その時
「おいで…」
「!!」
今にも消え入りそうな女の子の声。
バッと飛び起きるが、部屋には誰もいない。
「…だ、誰?なるみ?」
キョロキョロと辺りを見回して見ても薄暗い部屋があるだけで人影どころか物音すらしない。
里穂は体の奥から震えが沸き上がり、布団をぎゅっと握りしめたまま固まっていた。するとまた…
「…こっちに……おいで…」
「ひっ…」
今度は少し声がハッキリしていた。
しゃっくりのような悲鳴を上げ、さらに体を縮める。そしてハッとする。
「……霧?」
部屋を覆う白い霧。里穂はその光景をただただ見ているしか出来ない。すると……
「こっちにおいで」
里穂は恐怖のあまり声さえ出せない。
なぜならその声は…………
「う、後ろにいる…」
里穂の背後から聞こえてきたのだ。そして、ハッキリ浮かび上がる人影。
それは和服を着た、自分にそっくりな少女。
驚きと恐怖で声がでない里穂にゆっくりと手を伸ばす。
「やっと…やっと見つけたよ…もう一人の『私』…さあ、あなたも罪を背負うのよ……」
少女は里穂の腕を掴み、引っ張る。里穂は必死に抵抗するものの、少女の力は想像以上に強く、どんどん引きずられていく。
少女は里穂の腕を掴んだまま、霧の中へと進んでいく。
「ひ……い、いやああああ…!!」
里穂は悲鳴をあげ、意識を手放した。
薄れる意識の中で最後に見たものは、恐ろしく歪んだ少女の笑顔だった。
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ジ
ヒ
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ギ
セ
イ
シ
ャ
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ヤ
ク
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ャ
ヲ
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ザ
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第四話《完》
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第四話《完》
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