近付く真実
桜がいた部屋を出て、二人は再び迷宮を探索し始めた。桜に貰った鍵を使える扉を探すため、二人は一緒に調べ始めた。別れて探すと、また襲われる危険性があるためだ。かなり骨が折れるが一人ではないという安心感はある。
広いフロアに並ぶ何十とある扉の鍵穴を試したが、どれも違うようで、いい加減二人も疲れてきた。現に先程から残留思念に何度となく襲われ、闘っていた。
「ね、ねえ夕くん。少し休まない?」
「そうだな……はあ、足が棒になるってこういうことなのか……;」
なるみの提案に頷き、足を摩る夕。とはいえ、ここでは何かと危険過ぎるため、一階のフロアに降りることにした。
下に降り、近くにあったソファに座って一息着く。
相変わらず、霧が立ち込めている。ここはあまり代わり映えはしないようだ。
「あ、そうだ。売店行ってみようよ。薙刀刃こぼれしちゃって。変わりの物があればいいけど…」
「ああ、そうだな。俺の剣もそろそろヤバいし……行くか」
二人は装備を整えるべく、売店に向かった。
「あれ?」
「ん?」
中に入った二人は唖然とした。カウンターに一人の老人がいたのだ。確か、最初は誰もいなかった筈……そんな二人の心境を察したのか、老人はにこやかに笑う。
「おお……よく来た。さっきは少し席を外していてな。さ、こっちにおいで」
二人は顔を見合わせ、言われた通りカウンターに近づく。
「あ、えと…すみません。武器を勝手に持ち出してしまって」
なるみが謝ると、老人は首を振る。
「なあに。ちゃんと代金置いていってくれただろう?」
「で、でも。あれだけじゃ足りなかったんじゃ…」
「いいや…金額がどうこうじゃないんだよ…私が嬉しかったのはその気持ちだよ」
老人は優しく二人に微笑む。
「君達なら、二人を救い出しあの男を止められるだろう」
そう言うと、老人は奥の棚に行き、剣と薙刀を持ってカウンターに戻って来た。
「これは私からの餞別だ。お嬢さんには『弁慶岩落とし』、そこのお兄さんには『村正』をやろう」
「え!?でも私たち、あまり持ち合わせは…」
「餞別と言っただろう?金はいらんよ。それに二人に持って貰えばこいつらも喜ぶ」
そういいながら、老人は二人に武器を手渡した。新しい武器はびっくりするくらい手に馴染む。二人が礼を言うと老人は言った。
「いいか?この先どんな事があろうと、お互いを信じ助け合うんだよ。君達の絆は、百年以上の時に流されながらもしっかり繋がっている。楓と和馬くんを助けてやってくれ……そしてあの男に思い知らせてやれ、君達の絆の力を」
老人はどこか悲しそうな顔をしていた。そして何よりも……。
「あの……楓さんと和馬さんの事、ご存知なんですか?」
なるみが尋ねると、ふと目を閉じる。
「………ああ、よく知っている……さ、時間がない。行きなさい」
いろいろ聞きたい事はあったのだが、老人がこれ以上話したがらない事を察した二人は、もう一度頭を下げ売店を後にした。
「………あの子達がお前達の生まれ変わりなんだな………。あの二人ならきっと……娘を……和馬くんを頼むぞ」
誰もいなくなった売店に佇む老人が呟いたこの言葉は、二人には聞こえてはいなかった。
―――
――
―
「せい!」
「おらあ!!」
迫り来る残留思念を蹴散らす二人。先ほど老人から貰った武器は、まるで自らの意思で闘っているように自由自在に動く。おかげで、さっきより疲れはない。
「ふう……収まったか」
「そうね。さぁ、桜さんから貰った鍵を使える所に行こう」
「そうだな…間宮って奴に一泡ふかしてやりたいしな………ん?」
部屋を探そうと廊下を歩いていたとき、夕はふとある部屋の前に誰かが立っているのが見えた。二人は顔を見合わせ近づいてみる。最初は黒い人影だったが、あと2メートルという所で誰かを確認できた。
「………和馬」
「あれが……和馬さん…」
そう、部屋の前に立ち尽くし扉を見つめている人物は………和馬だった。
楓さん……ここに居るんだね………
小さな呟き。
二人は聞き逃さなかった。
「楓さんが居る?この部屋に?」
「みたいだな。でもなんで和馬は入らないんだ?」
「和馬さんの所にいってみよう!」
二人は未だに俯き立ち尽くしている和馬に駆け寄った。
「和馬さん!そこに楓さんがいるんですね?」
「和馬!なんでつっ立ってるんだよ!いるんだろ?」
…………入れない。なんで……すぐそこに……彼女がいるのに……側に行けない……
「入れ…ない?なんで?楓さんは和馬さんを……」
「…………もしかして、誤解って……この事か?」
「この事?」
「最初に和馬に会った時、誤解を解けって言われたんだ。きっと、楓は和馬も自分の事を犯人だって思って……」
「そんな……和馬さんはずっと楓さんの無実を訴えてたのに……」
「だよな。でも本人の意思じゃないとしたら?何者かに偽の記憶を刷り込まれたとしたら……」
「!!間宮秀志。彼の仕業なの?…早く、早く楓さんを助けなくちゃ!!」
彼女の精神は蝕まれ始めているのだ。この世界を創り出した間宮によって。
もはや一刻の猶予もない。二人は和馬を摺り抜け、ドアノブを回す。が、
「あ、開かない!楓さん!開けて!!このままじゃ……このままじゃ本当に精神崩壊しちゃうわ!」
「叩き壊すか………どけ!なるみ!!」
ガッ………ガキンッ
夕の一撃は跳ね返された。まるで結界が張られているかのように扉にはかすり傷すら付いていない。
「くっ………ダメか…」
「大丈夫?夕くん!どうしたらいいの………あ!」
楓は桜から貰った鍵を思い出した。急いでポケットから取り出し鍵穴に差し込む。
……ガチャリ……
鍵が開いた音。楓はドアノブを握りゆっくりと押し開ける。
キィ……ギギギ………
「楓さん!…………!!こ、れは……」
「ひでぇ………」
開いた扉に入った二人が見た物は…………
ズタズタになった室内。飛び散る血飛沫。そしてその部屋の中心で
目に光りを失い、体中血に染まり、血の涙を流す
だった。
※ここから先、暴力残酷描写が出てきます。苦手な方、嫌悪感を持つ方は閲覧をお止めください。
「楓さん……そんな、もう手遅れなの……?」
もはや楓は総ての意思を遮断され、人形のように座り込んでいる。絶望に苛まれるなるみだが、夕の喝で我に返る。
「諦めんな、なるみ!きっと助けられる筈だ!」
「夕くん…」
「お前が諦めたら、誰が楓を救えるんだよ!
「そうだけど……でも…」
楓はすでに精神崩壊している。もう自分の声は届かない。ありもしない罪を被り、親友や恋人を誤解したまま、悪霊としてこの世界に閉じ込められる。もっと早くこの迷宮のカラクリに気付いていれば、楓がこの状態になる前に助けられたかもしれない。
悔しさが喪失感となりなるみを支配する。そんななるみを夕はさらに叱咤する。
「なんの為にここまで来たんだよ!?楓を助けないと、和馬もここに縛り付けられるんだぞ?間宮を放って置いたら、俺達だって自分達の時間に帰れなくなる。それでもいいのか!?」
「………」
「俺はお前を見捨てはしない。だから、もしお前が動かないつもりなら……お前を引きずってでも闘う!……桜との約束、果たすんだ!!」
口調は些か乱暴だが、夕の本心が詰まった言葉。それはなるみの心の絶望を静かに溶かしていった。
「ゆ、夕くん……ありがとう。そうだよね。私が諦めちゃダメだよね……桜さんと約束したのに。必ず楓さんと和馬さんを助けるって………闘わなきゃだよね」
なるみは夕に微笑むと、未だに座り込んだままの楓に近づく。
近くまで来てみると、楓が小声で何かを呟いているのが分かった。
……~ない…
「ん?」
私……やって…………な……い……して………いの?
「楓、さん?」
私はやってない!!
どうして………
どうして信じてくれないの?!
楓がそう叫んだ瞬間、周りが暗転し、二人は深い闇に飲み込まれた………
――――…
――…
―…
暫くして……二人が目を覚ますと、そこは薄暗い殺風景な部屋だった。大体六畳くらいの広さだろうか。隅には机と椅子、明かりがわりのオイルランプ。うっすらと照らされた室内を見回すと、誰かがいた。いや正確には倒れていた。二人は目を凝らす。
「あれは…………!!か、楓……さん………」
「な、なんで………」
そこには後ろ手に縛られ、ボロボロになった楓がいた。生地の薄い白い着物は彼女の血で染まり、美しかった顔は無残にも腫れあがり、口からは血糸を垂らしている。まだ生きてはいるようだが、すでに虫の息である事は明確だった。
呆然とするなるみと夕だったが、夕はふと嫌な考えが過ぎった。これを口に出していいものなのか………。迷った末、誰ともなく呟いた。
「この部屋………拷問部屋だ」
「え…………拷問……」
夕はコクリと頷いたその時、
―バタン―
部屋に数人の軍服を着た男が入ってきた。
「ふん、まだ生きていたか。しぶとい奴だ」
「素直にやったと言えば、即刻死刑にしてやったものを」
「間宮様の情報によると、随分と男にだらし無いみたいだな」
「しかも、その事を咎めた家族を皆殺しとは…大したタマだな」
好き放題言っている男達の言葉に、二人は違和感を感じる。
………そう、桜から聞いた話と全く違うのだ。桜は、楓の家族を殺したのは間宮だと言っていた。和馬が楓が愛した初めての人だとも。長年付き合ってきた親友が嘘を言う筈はない。
「間宮の野郎……でっちあげやがったな……」
「……でも、どうして…………間宮は楓さんを…」
「大方、振られた腹いせなんだろう?鳴かないなら殺してしまえ………って感じか…あれ、でも待てよ?おかしくないか?」
「え?」
「だって、桜が言ってただろ?『楓は警察に捕まる前に自殺した』って」
「……そういえば……。じゃあ、この状況は?」
考える内に、ある恐ろしい結論にたどり着く。二人が息を呑んだ時、楓の悲鳴が聞こえた。それを皮切りに暴行の音が響いた。
ドカ……バキ……
ボコ………
い、た……やめ………わた……し……やって……ない…
「黙れ!ゴミが!お前がやったに決まってるだろう!」
ちが……しんじ………て…………か………ずま…さん……………
「この状況で男を呼ぶか……ならば……」
男達は一旦暴行を止めると、その中の一人が机に行き、引き出しから何かを取り出した。
「あ、あれは……拳銃!!」
「そんな……楓さん!」
二人が慌てていると、拳銃を持った男は薄ら笑いを浮かべ楓に近寄る。そして髪を鷲づかみ、持ち上げる。楓の光りを失った目からは涙が溢れていた。その顔を一瞥し鼻で笑うと、彼女の額に銃口を向ける。そして…………
バァン……
無慈悲に引き金を引いた。何がおかしいのか高笑いしながら男達が出ていった部屋には、力無く横たわる楓。すでに命の灯は消えていた。夕は怒りに打ち震えて拳を握りしめ、なるみは泣き崩れる。
「いやあああ………楓さん!なんで………なんでぇー」
そこで周りが再び暗転した。
――――…
――…
―…
二人が再び目を覚ますと、元の部屋に戻っていた。先程のショックで暫く言葉もなく呆然としていたが、次第に込み上げる間宮への憤り。
「私……間宮秀志を許さない……絶対に…」
「奇遇だな………俺も同じだ」
楓がどれ程無念だったか…悲しかったか…辛かったか……苦しかったか…。それを思い知らせてやる為には、楓と和馬を迷宮から解放し、この迷宮を壊すしかない。
桜の時の状況から、おそらくこの迷宮は間宮の意思で出来ている。桜が悪霊になりかけたのも、和馬が楓に会えないのも、楓がこんな状態になったのも………説明がつく。
「間宮をシメる前に、楓を助けねぇとな……どうするか……桜と違って話ができる感じじゃねぇし…」
「楓さんの……記憶ううん、和馬さんへの想いを思い出す事が出来れば……………あ、そうだわ!!」
なるみははっと思い出して、懐から懐中時計を取り出した。そう…思い出したのだ、桜の言葉を。
『それは…楓が和馬さんの誕生日にと用意したもの……』
「これならもしかしたら……楓さんの心が戻るかもしれない」
「駄目もとだ。やってみようぜ!!」
「うん!!」
二人は楓の元に駆け寄る。相変わらず、ぼんやりと虚空を見つめている楓の前に、なるみは懐中時計を差し出す。
「楓さん、これ覚えてますか?貴女が和馬さんの誕生日に用意した懐中時計です。」
―ピクリ―
楓の体が揺れた。そして、虚空を見ていた目が懐中時計に向いた。反応を示した楓に、なるみはさらに言葉を繋ぐ。
「楓さん、思い出して。貴女の…和馬さんへの想いを……」
次第に楓の目に光りが戻っていく。そして、その目から涙が零れた。それを見たなるみは楓の手をとり、懐中時計を掌に乗せる。楓は、掌に乗った懐中時計をゆっくり握りしめ胸に抱く。
『無くしたと思っていた……ああ…私、私………和馬…さん……』
目を閉じて、はらはらと涙を流しながら微笑み、愛しい彼を呼ぶ楓。そんな彼女をホッとした様子で見つめる二人。楓がどれだけ和馬を愛しているのか……切ないほど分かった。
「和馬さんは、ずっと楓さんの無実を訴えていたんですよ。自分の立場が悪くなるのを承知で」
『え…』
驚いたように見上げる楓となるみは初めて視線を合わせる。まるで鏡を見ているような感覚。どうか泣かないで…笑ってほしい……。
「和馬さんを……信じてあげてください。彼をこの部屋に入れてあげてください」
『和馬さん……ああ……和馬さん!私……私………ごめんなさい…!!』
「和馬さんはずっと楓さんを捜しているんですよ。早く彼の元に行ってあげてください」
『和馬さん……逢いたい……逢いたいの……お願い…一人にしないで………!!』
その時、
―ガチャリ―
なるみと夕は扉に振り向くとそこには…
『やっと逢えた…楓さん……』
にこやかな表情を浮かべた和馬が立っていた。
桜がいた部屋を出て、二人は再び迷宮を探索し始めた。桜に貰った鍵を使える扉を探すため、二人は一緒に調べ始めた。別れて探すと、また襲われる危険性があるためだ。かなり骨が折れるが一人ではないという安心感はある。
広いフロアに並ぶ何十とある扉の鍵穴を試したが、どれも違うようで、いい加減二人も疲れてきた。現に先程から残留思念に何度となく襲われ、闘っていた。
「ね、ねえ夕くん。少し休まない?」
「そうだな……はあ、足が棒になるってこういうことなのか……;」
なるみの提案に頷き、足を摩る夕。とはいえ、ここでは何かと危険過ぎるため、一階のフロアに降りることにした。
下に降り、近くにあったソファに座って一息着く。
相変わらず、霧が立ち込めている。ここはあまり代わり映えはしないようだ。
「あ、そうだ。売店行ってみようよ。薙刀刃こぼれしちゃって。変わりの物があればいいけど…」
「ああ、そうだな。俺の剣もそろそろヤバいし……行くか」
二人は装備を整えるべく、売店に向かった。
「あれ?」
「ん?」
中に入った二人は唖然とした。カウンターに一人の老人がいたのだ。確か、最初は誰もいなかった筈……そんな二人の心境を察したのか、老人はにこやかに笑う。
「おお……よく来た。さっきは少し席を外していてな。さ、こっちにおいで」
二人は顔を見合わせ、言われた通りカウンターに近づく。
「あ、えと…すみません。武器を勝手に持ち出してしまって」
なるみが謝ると、老人は首を振る。
「なあに。ちゃんと代金置いていってくれただろう?」
「で、でも。あれだけじゃ足りなかったんじゃ…」
「いいや…金額がどうこうじゃないんだよ…私が嬉しかったのはその気持ちだよ」
老人は優しく二人に微笑む。
「君達なら、二人を救い出しあの男を止められるだろう」
そう言うと、老人は奥の棚に行き、剣と薙刀を持ってカウンターに戻って来た。
「これは私からの餞別だ。お嬢さんには『弁慶岩落とし』、そこのお兄さんには『村正』をやろう」
「え!?でも私たち、あまり持ち合わせは…」
「餞別と言っただろう?金はいらんよ。それに二人に持って貰えばこいつらも喜ぶ」
そういいながら、老人は二人に武器を手渡した。新しい武器はびっくりするくらい手に馴染む。二人が礼を言うと老人は言った。
「いいか?この先どんな事があろうと、お互いを信じ助け合うんだよ。君達の絆は、百年以上の時に流されながらもしっかり繋がっている。楓と和馬くんを助けてやってくれ……そしてあの男に思い知らせてやれ、君達の絆の力を」
老人はどこか悲しそうな顔をしていた。そして何よりも……。
「あの……楓さんと和馬さんの事、ご存知なんですか?」
なるみが尋ねると、ふと目を閉じる。
「………ああ、よく知っている……さ、時間がない。行きなさい」
いろいろ聞きたい事はあったのだが、老人がこれ以上話したがらない事を察した二人は、もう一度頭を下げ売店を後にした。
「………あの子達がお前達の生まれ変わりなんだな………。あの二人ならきっと……娘を……和馬くんを頼むぞ」
誰もいなくなった売店に佇む老人が呟いたこの言葉は、二人には聞こえてはいなかった。
―――
――
―
「せい!」
「おらあ!!」
迫り来る残留思念を蹴散らす二人。先ほど老人から貰った武器は、まるで自らの意思で闘っているように自由自在に動く。おかげで、さっきより疲れはない。
「ふう……収まったか」
「そうね。さぁ、桜さんから貰った鍵を使える所に行こう」
「そうだな…間宮って奴に一泡ふかしてやりたいしな………ん?」
部屋を探そうと廊下を歩いていたとき、夕はふとある部屋の前に誰かが立っているのが見えた。二人は顔を見合わせ近づいてみる。最初は黒い人影だったが、あと2メートルという所で誰かを確認できた。
「………和馬」
「あれが……和馬さん…」
そう、部屋の前に立ち尽くし扉を見つめている人物は………和馬だった。
楓さん……ここに居るんだね………
小さな呟き。
二人は聞き逃さなかった。
「楓さんが居る?この部屋に?」
「みたいだな。でもなんで和馬は入らないんだ?」
「和馬さんの所にいってみよう!」
二人は未だに俯き立ち尽くしている和馬に駆け寄った。
「和馬さん!そこに楓さんがいるんですね?」
「和馬!なんでつっ立ってるんだよ!いるんだろ?」
…………入れない。なんで……すぐそこに……彼女がいるのに……側に行けない……
「入れ…ない?なんで?楓さんは和馬さんを……」
「…………もしかして、誤解って……この事か?」
「この事?」
「最初に和馬に会った時、誤解を解けって言われたんだ。きっと、楓は和馬も自分の事を犯人だって思って……」
「そんな……和馬さんはずっと楓さんの無実を訴えてたのに……」
「だよな。でも本人の意思じゃないとしたら?何者かに偽の記憶を刷り込まれたとしたら……」
「!!間宮秀志。彼の仕業なの?…早く、早く楓さんを助けなくちゃ!!」
彼女の精神は蝕まれ始めているのだ。この世界を創り出した間宮によって。
もはや一刻の猶予もない。二人は和馬を摺り抜け、ドアノブを回す。が、
「あ、開かない!楓さん!開けて!!このままじゃ……このままじゃ本当に精神崩壊しちゃうわ!」
「叩き壊すか………どけ!なるみ!!」
ガッ………ガキンッ
夕の一撃は跳ね返された。まるで結界が張られているかのように扉にはかすり傷すら付いていない。
「くっ………ダメか…」
「大丈夫?夕くん!どうしたらいいの………あ!」
楓は桜から貰った鍵を思い出した。急いでポケットから取り出し鍵穴に差し込む。
……ガチャリ……
鍵が開いた音。楓はドアノブを握りゆっくりと押し開ける。
キィ……ギギギ………
「楓さん!…………!!こ、れは……」
「ひでぇ………」
開いた扉に入った二人が見た物は…………
ズタズタになった室内。飛び散る血飛沫。そしてその部屋の中心で
目に光りを失い、体中血に染まり、血の涙を流す
楓の姿
だった。
※ここから先、暴力残酷描写が出てきます。苦手な方、嫌悪感を持つ方は閲覧をお止めください。
「楓さん……そんな、もう手遅れなの……?」
もはや楓は総ての意思を遮断され、人形のように座り込んでいる。絶望に苛まれるなるみだが、夕の喝で我に返る。
「諦めんな、なるみ!きっと助けられる筈だ!」
「夕くん…」
「お前が諦めたら、誰が楓を救えるんだよ!
「そうだけど……でも…」
楓はすでに精神崩壊している。もう自分の声は届かない。ありもしない罪を被り、親友や恋人を誤解したまま、悪霊としてこの世界に閉じ込められる。もっと早くこの迷宮のカラクリに気付いていれば、楓がこの状態になる前に助けられたかもしれない。
悔しさが喪失感となりなるみを支配する。そんななるみを夕はさらに叱咤する。
「なんの為にここまで来たんだよ!?楓を助けないと、和馬もここに縛り付けられるんだぞ?間宮を放って置いたら、俺達だって自分達の時間に帰れなくなる。それでもいいのか!?」
「………」
「俺はお前を見捨てはしない。だから、もしお前が動かないつもりなら……お前を引きずってでも闘う!……桜との約束、果たすんだ!!」
口調は些か乱暴だが、夕の本心が詰まった言葉。それはなるみの心の絶望を静かに溶かしていった。
「ゆ、夕くん……ありがとう。そうだよね。私が諦めちゃダメだよね……桜さんと約束したのに。必ず楓さんと和馬さんを助けるって………闘わなきゃだよね」
なるみは夕に微笑むと、未だに座り込んだままの楓に近づく。
近くまで来てみると、楓が小声で何かを呟いているのが分かった。
……~ない…
「ん?」
私……やって…………な……い……して………いの?
「楓、さん?」
私はやってない!!
どうして………
どうして信じてくれないの?!
楓がそう叫んだ瞬間、周りが暗転し、二人は深い闇に飲み込まれた………
――――…
――…
―…
暫くして……二人が目を覚ますと、そこは薄暗い殺風景な部屋だった。大体六畳くらいの広さだろうか。隅には机と椅子、明かりがわりのオイルランプ。うっすらと照らされた室内を見回すと、誰かがいた。いや正確には倒れていた。二人は目を凝らす。
「あれは…………!!か、楓……さん………」
「な、なんで………」
そこには後ろ手に縛られ、ボロボロになった楓がいた。生地の薄い白い着物は彼女の血で染まり、美しかった顔は無残にも腫れあがり、口からは血糸を垂らしている。まだ生きてはいるようだが、すでに虫の息である事は明確だった。
呆然とするなるみと夕だったが、夕はふと嫌な考えが過ぎった。これを口に出していいものなのか………。迷った末、誰ともなく呟いた。
「この部屋………拷問部屋だ」
「え…………拷問……」
夕はコクリと頷いたその時、
―バタン―
部屋に数人の軍服を着た男が入ってきた。
「ふん、まだ生きていたか。しぶとい奴だ」
「素直にやったと言えば、即刻死刑にしてやったものを」
「間宮様の情報によると、随分と男にだらし無いみたいだな」
「しかも、その事を咎めた家族を皆殺しとは…大したタマだな」
好き放題言っている男達の言葉に、二人は違和感を感じる。
………そう、桜から聞いた話と全く違うのだ。桜は、楓の家族を殺したのは間宮だと言っていた。和馬が楓が愛した初めての人だとも。長年付き合ってきた親友が嘘を言う筈はない。
「間宮の野郎……でっちあげやがったな……」
「……でも、どうして…………間宮は楓さんを…」
「大方、振られた腹いせなんだろう?鳴かないなら殺してしまえ………って感じか…あれ、でも待てよ?おかしくないか?」
「え?」
「だって、桜が言ってただろ?『楓は警察に捕まる前に自殺した』って」
「……そういえば……。じゃあ、この状況は?」
考える内に、ある恐ろしい結論にたどり着く。二人が息を呑んだ時、楓の悲鳴が聞こえた。それを皮切りに暴行の音が響いた。
ドカ……バキ……
ボコ………
い、た……やめ………わた……し……やって……ない…
「黙れ!ゴミが!お前がやったに決まってるだろう!」
ちが……しんじ………て…………か………ずま…さん……………
「この状況で男を呼ぶか……ならば……」
男達は一旦暴行を止めると、その中の一人が机に行き、引き出しから何かを取り出した。
「あ、あれは……拳銃!!」
「そんな……楓さん!」
二人が慌てていると、拳銃を持った男は薄ら笑いを浮かべ楓に近寄る。そして髪を鷲づかみ、持ち上げる。楓の光りを失った目からは涙が溢れていた。その顔を一瞥し鼻で笑うと、彼女の額に銃口を向ける。そして…………
バァン……
無慈悲に引き金を引いた。何がおかしいのか高笑いしながら男達が出ていった部屋には、力無く横たわる楓。すでに命の灯は消えていた。夕は怒りに打ち震えて拳を握りしめ、なるみは泣き崩れる。
「いやあああ………楓さん!なんで………なんでぇー」
そこで周りが再び暗転した。
――――…
――…
―…
二人が再び目を覚ますと、元の部屋に戻っていた。先程のショックで暫く言葉もなく呆然としていたが、次第に込み上げる間宮への憤り。
「私……間宮秀志を許さない……絶対に…」
「奇遇だな………俺も同じだ」
楓がどれ程無念だったか…悲しかったか…辛かったか……苦しかったか…。それを思い知らせてやる為には、楓と和馬を迷宮から解放し、この迷宮を壊すしかない。
桜の時の状況から、おそらくこの迷宮は間宮の意思で出来ている。桜が悪霊になりかけたのも、和馬が楓に会えないのも、楓がこんな状態になったのも………説明がつく。
「間宮をシメる前に、楓を助けねぇとな……どうするか……桜と違って話ができる感じじゃねぇし…」
「楓さんの……記憶ううん、和馬さんへの想いを思い出す事が出来れば……………あ、そうだわ!!」
なるみははっと思い出して、懐から懐中時計を取り出した。そう…思い出したのだ、桜の言葉を。
『それは…楓が和馬さんの誕生日にと用意したもの……』
「これならもしかしたら……楓さんの心が戻るかもしれない」
「駄目もとだ。やってみようぜ!!」
「うん!!」
二人は楓の元に駆け寄る。相変わらず、ぼんやりと虚空を見つめている楓の前に、なるみは懐中時計を差し出す。
「楓さん、これ覚えてますか?貴女が和馬さんの誕生日に用意した懐中時計です。」
―ピクリ―
楓の体が揺れた。そして、虚空を見ていた目が懐中時計に向いた。反応を示した楓に、なるみはさらに言葉を繋ぐ。
「楓さん、思い出して。貴女の…和馬さんへの想いを……」
次第に楓の目に光りが戻っていく。そして、その目から涙が零れた。それを見たなるみは楓の手をとり、懐中時計を掌に乗せる。楓は、掌に乗った懐中時計をゆっくり握りしめ胸に抱く。
『無くしたと思っていた……ああ…私、私………和馬…さん……』
目を閉じて、はらはらと涙を流しながら微笑み、愛しい彼を呼ぶ楓。そんな彼女をホッとした様子で見つめる二人。楓がどれだけ和馬を愛しているのか……切ないほど分かった。
「和馬さんは、ずっと楓さんの無実を訴えていたんですよ。自分の立場が悪くなるのを承知で」
『え…』
驚いたように見上げる楓となるみは初めて視線を合わせる。まるで鏡を見ているような感覚。どうか泣かないで…笑ってほしい……。
「和馬さんを……信じてあげてください。彼をこの部屋に入れてあげてください」
『和馬さん……ああ……和馬さん!私……私………ごめんなさい…!!』
「和馬さんはずっと楓さんを捜しているんですよ。早く彼の元に行ってあげてください」
『和馬さん……逢いたい……逢いたいの……お願い…一人にしないで………!!』
その時、
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なるみと夕は扉に振り向くとそこには…
『やっと逢えた…楓さん……』
にこやかな表情を浮かべた和馬が立っていた。
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ク
モ
ザ
ン
コ
ク
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ジ
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第九話《完》
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第九話《完》
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