…………―
………―
…―


「お、終わった…の?」
「ああ……たった今な」
「……っ、はあ…」
「!!なるみ!!」

今まで張り詰めていた気持ちが解放され、なるみはその場にヘタリこむ。そんななるみを支える夕も、疲れの中に安堵の表情をみせる。

『よく頑張ったね。君達のおかげだ』
『貴方がたのおかげで、私達は再び出会う事が出来ました』
『本当に…ありがとう』

三人からの感謝の言葉に、二人はほんのり赤面しつつ、笑みを零す。

…終わったのだ。ようやく。
これで楓たちも、そして自分たちもこの迷宮から脱出できる。

『君達の願い、迷宮は必ず叶えてくれるだろう』

いやはや、若いとはいいものだなと笑う雅久に、楓と和馬も見つめ合い穏やかに微笑む。と、楓が和馬に向き合う。

『か、和馬さん…あの……』
『?楓さん…?』

何やら赤くなりモジモジしだした楓を不思議そうに見つめる和馬。

『…さて、後は若い者に任せるとしようか(笑)』
『え?』
『お、お父様!!』

二人を見て、何やら感じたのか雅久が部屋を出ていく。和馬はキョトンとし、楓はさらに赤面した。

「わ、私達も出て行ったほうがいいのかな…?」
「いいんじゃね?生まれ変わりの俺達が見届けてやろうぜ?」
「う……うん…」

しかし、やはり堂々と真っ正面というのも気が引け、二人は近くにあったソファの影に隠れた。

『あ、あの……ずっと渡しそびれていたの………これを』

楓が差し出した手には、

『これは…懐中時計……これを…俺に?』
『////えぇ』

ますます赤くなり俯く楓に、和馬は懐から何かを取り出し楓に差し出した。

『俺もずっと渡しそびれていた。これを…』

それは…桜色の簪。それを見た楓は目を見開き、涙を溢れさせる。

『嬉しい……ありがとう、和馬さん……』
『俺の方こそ…ありがとう……愛してる、楓さん』
『!!……わ、私もっ……ずっと……ずっと貴方といたい……愛しています』

優しく抱きしめ合う二人。二人の真心は100年以上たってようやく結ばれたのだった。



―――…
――…

「良かった……本当に…」
「だな」

もう、二人は決して離れる事はない。幸せそうに抱擁を交わす楓と和馬を見、なるみは心の底から安堵した。

……と、その時、



ゴゴゴゴゴ……


凄まじい地響きと揺れに、なるみと夕は立ち上がり身構える。

『…ついに始まったか。早く玄関前に行くのだ!』

いつの間にか戻ってきた雅久に逃げるよう言われ、何が何だか解らない二人。

「え?何が始まったの?」
『迷宮は間もなく消滅する。跡形もなくな』
「な!!なんだと?」
「そんな……どうして…」

突然の非常事態に二人は唖然とする。
消滅……望んでいた事だ。その為にここまで来たのだ。
しかし……ふに落ちない。迷宮は自分達の望みを叶えてくれるはずだ。なのになぜ……

『迷宮は君達を帰すと同時に消え去る。迷宮自身も、君達を確実に帰したいと思っているが……どうやら先程の秀志くんの件で力を使い果たしたようだ』
「ちっ……間宮の野郎!!最後の最後まで……」
「ゆ、夕くん……;でも、玄関前に行っても、出口が…」
『玄関前に大時計がある。そこが君達の時間への入口だ』
「……時計……あ!そういえば……」

この世界に来る前、確かにホテルのロビーに大時計があった。随分と古い物だなと記憶している。受付の人に聞くと、昔と場所が変わっていないとも………そう、あの大時計が唯一昔と変わっていないのだ。
あの時計は当時の惨劇を知る唯一の遺産。あの時計こそが迷宮だったのだ。
一体どうやって間宮が迷宮を乗っ取っていたのかの経緯など疑問は残るが、今はグタグタ考えている時間はなさそうだ。



ゴーン………ゴーン……


時計が……鳴った。
まるでこちらに来いと言っているように……。

『あの鐘が鳴り終われば二度とあちらには戻れん。迷宮と消滅してしまうぞ。急ぐんだ!』
「は、はい!でも、雅久さん達は……」

帰る事よりも何よりも気掛かりなのは、雅久たちだ。せっかく解り合え、幸せを手にしたのに……このままでは迷宮と運命をともにしてしまう。そんななるみの心情を察したのか、雅久は優しく微笑む。

『…君は、本当に優しい子だ。大丈夫だよ。私達は……君達が救ってくれたんだ。ちゃんと行くべき所へ行く。心配しなくていい』
「……良かった。必ず、必ずたどり着いてください」
「っ!なるみ、やばいぜ!急ぐぞ!!」

涙を流して、三人を見つめるなるみの腕を夕が引く。なるみは、はっと我に返り夕の手を掴み、玄関前へ走る。


ゴーン………ゴーン……


なるみ達にはその鐘の音がカウントダウンに聞こえた。


……バタバタバタ……


二人はひたすら走った。
長い長い廊下を後ろを振り向く事なく走った。
あれだけいた残留思念はどこにもいない。恐らく間宮がいなくなり、楓達を救った事で迷宮から解放されたのだろう。

「はあ……はあ……ここか!」
「夕くん!あの時計よ!!」
玄関前にたどり着いた二人の目の前に、光に包まれ輝く大時計があった。
二人は頷き合い飛び込んだ。



………ゴーン…………



…最後の鐘が鳴った。

と同時に…

世界が音を立てて崩れ去った。





………………―
…………―
……―


…チュン……チュン…


眩しい光に、なるみはうっすらと目を開ける。

「ん………!ここは…」

なるみは部屋のベッドにいた。服も制服ではなく、パジャマのままだった。

「ゆ……夢?」
「ん~~、なるみ?早いね」
「里穂!?」

親友の声になるみは、思わず声を上げ振り向く。
一方の里穂はそんななるみに驚いた。

「な、なに?どした?」
「え?……あ、ううん、何でもないよ。おはよう、里穂」
「?変ななるみ。おはよう!!」
「ふふ……あはははは」
「!!な、今度はなに?」
「ううん、帰れて良かったなと思って」
「?…怖い夢でも見たの?大丈夫?」
「うん!大丈夫!!さあ!今日も張り切って行くわよ!」
「………テンション高いねぇ……」

いままでの出来事はすべて夢なのか……。
でも、それならそれでもいい。
自分はここに……自分の時間にいる。

「あ、……時間といえば…」

なるみは鞄の中に手を入れる……が、

「あ…れ?ない………」

いつも肌身離さず持ち歩いていた懐中時計が姿を消していた。

「ないって?何が?」
「懐中時計」
「へ?なるみ、そんなの持ってたっけ?」
「え?」

懐中時計の事は里穂も知っているはず。なにせ、いつも持ち歩いていたから。
なるみは里穂に説明するも、里穂は不思議そうな顔をするだけだった。


なるみは、ふと今まであった事を思い返す。
迷宮に入り込んで、夕に出会い、闘い謎を解き、黒幕と対峙して……そして……、

「あ!」

思い出した。
懐中時計楓に渡した事、その懐中時計は楓が和馬に渡した事。そして和馬から楓が貰ったものは………


………カラン………


「……簪……」

なるみは床に落ちた簪を拾う。
薄紅色の、桜の花びらをちりばめたような模様の綺麗な簪。
黙って簪を見つめるなるみに、里穂が覗き込む。

「なるみ、修学旅行にまで簪持って来てんの?よっぽど大事なんだねぇ!」
「え、うん」
「…大事な人から貰ったの?」
「え?……えと…」

夢ではなかったのだ。これが何よりの証拠だ。
核心をえた里穂の言葉に、しどろもどろになるなるみに、里穂は無くすなよ~と笑いながら部屋を出て行った。
里穂の後ろ姿を見送ったなるみは

「……うん、大事な物だよ。とっても……」

と、一人部屋で呟いた。



…………―
……―


「では、これより自由行動です。集合時間に遅れないように…解散!」

何事もなく旅行最終日が始まった。
なるみはなんとなく周りを見回してみる。


……いない……


少しガッカリするなるみ。最後に姿だけでも見たかった。ふぅ…とため息をつくと、気を取り直して地図を広げた。


……………―
………―


「うわあ!満開だ!綺麗だね!」
「うん!」

なるみと里穂は荻月公園に来ていた。
満開の桜にキラキラと輝く川、鴨が楽しそうに泳ぐ池。ほんのりと桜の匂いがし、二人は深呼吸する。

「ここって昔、お花見会場だったらしいよ。貴族とか金持ちがお花見に来てたんだって」
「そうなんだ…詳しいね里穂」
「……てパンフレットに書いてあった」
「……だろうと思った……」

そんな会話を繰り広げていると、


………ドンッ………


誰かにぶつかった。

「ご、ごめんなさい!よそ見してて………!!」
「俺の方こそわりぃ……あ……」

運命とは解らないものである。

「なるみ……」
「夕……くん……」

なるみがぶつかったのは、共に迷宮をさ迷った、羽山夕だった。

「夕くんも桜を見に?」
「え?あ……うん、まあ…」
「私達もなの。ね?里穂……あれ?」

なるみが里穂に振り向くとそこにはおらず、遥か遠くで手を振っている。

「先にバスに行ってるから!集合時間遅れないでね(笑)」
「ちょ……里穂!?」
「ガンバ!なるみ!!」
「何を!??」

笑顔で去っていく親友を呆然と見送るなるみ。夕は里穂が去った方を眺めていたが、なるみに向き直る。

「なあ、少し歩こうか…」
「え?/////……うん…」

ほら…と差し出された手。ふと、迷宮での事を思い出し、くすりと笑って手を重ねる。
しばらく、桜並木を歩いて川縁にあるベンチに腰を下ろす。
黙って座る二人。
先に沈黙を破ったのは夕だった。

「…帰ってこれたんだな。『ここ』に。俺、ベッドで目が覚めてさ。ほっとした反面なんか寂しくなってきたんだ。全部夢だったんだって…」
「…………私もよ。帰れて良かったって思った。でも寂しいとも思ってきて……」
「……最初はなんでだか解んなかった。でも……解ったんだ。こいつが教えてくれた」

夕はなるみの前に手を差し出す。そこには……

「懐中時計……」

それは確かになるみが今まで持っていた、祖父の形見だった。

「この懐中時計が俺のモヤモヤの正体を教えてくれたんだ」

夕はなるみを見つめる。なるみも夕を見つめた。

「なるみが……隣になるみがいないからなんだって」
「ゆ、夕く……」
「たった一晩の出来事だったし、おかしいのは分かる。でも、俺は……」

夕は何かを決意したような顔をした。

「なるみ……お前が好きだ」

優しく染み渡っていく言葉。それを聞いたなるみは、目を見開きポロポロと涙を零す。そして、震える唇を動かした。

「私も………夕くんが好き」

驚いたような表情を浮かべ、次第に照れ臭そうな笑顔を浮かべる夕に微笑むなるみ。

「絆って凄いな」
「うん、そうだね」
「これから何があっても、俺がお前を護るから」
「うん…」
「ずっと側にいろよ」
「うん、……嬉しい。ありがとう、夕くん」




………そんな自分達を桜の舞い散る中、見守る若い男女がいた事を二人は知らない………



『迷宮』は誰の心にもあり、誰にでも作り出せる。

でも、忘れないで。

『迷宮』は人の心そのものだと…。
『迷宮』は救いを求めていると…。
……そして、絆の力を思い出す場所だということを………




《END》

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