ある日の夢魔の屋敷での話。
寡黙でクールなジューンの意外な一面を!と書いたお話。
ちょっとした絡みがありますが、基本ギャグです。
ジューンのキャラ崩壊注意!?
「あ、ジューン。良いところに。ちょっといいかしら?」
「ん?何?リープ」
珍しく穏やかなある日、それは起こった。
「ここが霜月邸か」
風呂敷包みを手に、蒼い蝶の夢魔、ジューンが霜月の屋敷の前に立っていた。
理由は、リープにちょっとしたお使いを頼まれたからだった。
…遡る事、数十分前……
「え?師走さまに?」
「ええ、この大福を持っていってほしいのよ」
「ふーん……なぜ俺?」
「そこにいたからよ」
「いやいや…何で山に登るのか?そこにあるからさってノリで言われても…リープが行けばいいじゃないか」
「うーん、そうしたかったんだけど、これから用事があってね」
「じゃあ、別の日にすれば…」
「その大福、すぐ固くなっちゃうのよ。無添加だから」
「ふーん」
「じゃ、お願いね」
「え?お、おい!リープ!!…………はあ;」
このやり取りの後、リープは慌ただしく出かけていき、ジューンは包みを手に暫く固まっていたが、諦めたようにため息を付き、そのまま屋敷を出て今に至る。
「しかし、着のみ着のままで来てしまったが、正装のほうが良かったか…」
今のジューンは白い開襟シャツに青のベストにスラックスという、仕事の時とは違いラフな格好。リープ邸ならこの格好でウロウロしていても、誰も何も言わないが、はたして我等がボスの霜月の屋敷ではどうなのか。
今からでも、スーツと帽子を取りに戻ろうかと踵を返そうとするジューンだったが、何者かに呼び止められた。
「あら、ジューン。珍しいですね。どうしました?」
「!!……ふ、文月か。いや、師走さまにちょっとな…」
ジューンに声を掛けたのは、革製の防具と甲冑に身を包み、蒼い髪をお団子に結った女性、文月だった。
いつものように、癒し系オーラ漂うにこやかな微笑みを浮かべ、ジューンを見つめる。これでナイトメアで1、2を争う戦闘能力を持っているというのだから、人(?)は見た目では分からない。
一方のジューンは一瞬焦るが、文月だと知ると、安堵の息を吐き、来訪の趣旨を話す。
すると、すべて理解した文月はふんわりと微笑む。
「そうですか、師走さまに。私で宜しければご案内しましょうか?」
「いいのか?」
「はい。今、丁度鍛練が終わりましたので。さ、参りましょう」
「ああ、ありがとう」
「このお屋敷は複雑な構造をしていますから、お客様がよく迷子になるんですよ」
「そ、そうか…」
おそらく、霜月を護る為なのだろうが、客にしてみたらちょっとした巨大迷路だ。しかも、一度迷うと長時間さまよう事になるらしい。
「かく言う私も、この前久しぶりに迷ってしまいまして……ふふっ」
「は、はは……っていやいや、笑い事か?だ、大丈夫なんだろうな…?」
「ご心配無く。大丈夫ですよ………………多分」
「多分!?」
「冗談です(笑)」
「……;;」
のほほんとした文月に若干不安を感じながら、ジューンは大人しく付いて行った。
文月に連れられ、暫く曲がり角の多い長い廊下を歩くと、黒地に金の装飾を施した襖が見えた。
「着きましたよ」
「……す、すごく分かりやすいな」
「師走様らしいですよね。では、私はこれで…」
「あ、ああ。ありがとう、文月」
文月は軽く会釈すると去って行った。ジューンはその後ろ姿を見送ると、襖を軽く叩いた。
「師走様」
「……どなた?」
「ジューンです。リープの使いで来ました」
「…あら、リープの…。……どうぞ…」
その言葉を確認し、ジューンは襖を静かに開いた。
そこにはキセルを吹かし、妖艶な笑み浮かべる女性…師走が座っていた。
「ふふ、久しぶりねぇ…」
「お久しぶりです。師走様」
「さあ、いつまでもそこに立っていないで……こっちにいらっしゃい…」
「は、はい…」
実はジューン、師走が大の苦手。以前、襲われかけた事があり危うく貞操を奪われそうになったのだ。
その時を思い出し、若干緊張しながら師走の元に歩み寄る。
「あの……これを」
「ふふ………お座りなさいな」
「あ、はい……あのこれ…」
どうぞ…と言う前に、眼前に師走のドアップの顔があり、ジューンは顔を引き攣らせのけ反る。
「ふふ………相変わらず綺麗な顔…」
「あ、あの………;;」
「そんなに怯えなくてもいいのよ?」
「は、はあ…(いや、あんた前科があるだろう!?)」
「………可愛い……」
「………!?」
師走はジューンが無抵抗なのをいい事に、のしかかり彼の顔を白魚のような指で撫でる。
ジューンの顔にぶわっと冷や汗が流れる。
「し、師走様、ち、ち、近いと思います…」
「ふふふ……そうね。近いわね……」
「は、離れていただけますか?」
「あらあら……ずいぶんと怖がられてるみたいね」
言葉とは裏腹に楽しそうに笑う師走に、ジューンの血の気がサーって引いていく。この状況は………………………かなりヤバい!!
以前もこの妖笑を浮かべた後、押し倒されたのだ。
そして……思い出すのも恐ろしい!!
ギュッとジューンが目をつむると肩に手を乗せ、膝に重みを感じた。そして、師走から漂う白粉の匂いがふわりと鼻を掠める。どうやら完全にジューンに乗りかかっているようだ。
「し、師走様」
「綺麗な髪ね。蒼い絹糸みたい……」
「……っ」
「甘い……甘い香りね、貴方は。まるで沢山の蝶を魅了する花…」
「……………っ」
「……男は……我慢しちゃダメよ…」
「…………師走…様っ」
「欲には忠実にならなきゃ……」
師走はそう言うと、ジューンの耳元に唇を寄せた。
と、その時、
「師走、居ますか?」
心地好い透き通る声が聞こえた。この声にジューンは聞き覚えがあった。
霜月だ。
た、助かった………!!ジューンは安堵から少し涙ぐむ。
「あらあら……伏兵?残念…」
「あ、あの。下りていただけますか?師走様」
「はいはい……もう少しだったんだけど………」
と呟くと、師走は離れていった。が、ふいに再び耳元に唇を寄せ、ふっと息を吹き掛ける。
思わずびくりと震えるジューンの様子にクスリと笑い一言。
「………その顔…そそるわね……とことん虐めたくなっちゃうわ…」
「…………いっ!!?」
ジューンの反応に気を良くした師走は彼の耳たぶを優しく噛み、ぺろりと舐める。
「し、師走様!!いい加減にしてくださいっ!!」
「ふふふ………続きはまた今度………ね」
「!!つ、続きなんてありませんっ!!」
「ふふふふ………」
じゃあ有り難く戴くわねと風呂敷包みを手に取り、くすくすと笑う師走を睨みながら、ジューンは噛まれて舐められた耳たぶを抑える。
一方、いつまで経っても出てくる気配のない師走に、霜月が声を掛けた。
「師走?どうしたんですか?」
「ああ、霜月。お入りなさいな」
「はい、失礼します………あらジューン、いらしてたんですね。こんにちは」
「あ、はい。霜月様、お久しぶりです」
「どうしました?顔色が悪いみたいですけど……」
「!い、いえ。じゃあ、俺はこれで……」
慌てて部屋を出ていくジューンを見送った霜月は、ため息をついて師走を見遣る。
「師走、悪ふざけが過ぎますよ」
「……あら、私はふざけてなんていないわ」
「余計いけませんよ。彼は純粋で一途なんです。もう、ちょっかいをかけてはいけませんよ?」
「………はいはい」
「………もう……仕方のない方ですね…」
自分が去った後、このような会話が成されていた事は、ジューンは知るよしもない……。
「はあ……酷い目にあった…」
ほんの数十分いただけなのにどっと疲れる。
髪を掻きあげ、耳たぶをさすりながら廊下を歩いていると、
「ああ!!ジューンだあ!!」
「ジューンなのじゃ~!!」
よく知る少女の声にジューンは、声がしたほうを見る。そこには長い銀髪ツインテールにゴスロリ風の丈の短い着物の少女と、緑髪のこちらも長いお下げに、巫女衣装を模したものを着た少女の姿があった。
「葉月と長月」
「なにしてんの?」
「なにをしてるのじゃ?」
「あ~いや、リープの使いでな。もう帰るから…」
片手をあげ、立ち去ろうとするジューンだったが、ふいに服を引っ張られた。
「!?な、なんだ?」
「え~!!帰っちゃうの?」
「つまらないのじゃ!!」
「つ、つまらないって言われてもな…」
「あそぼ~よ~!!」
「あそぶのじゃ!!」
「はあ?……なんで俺が………マーチとオクトと遊べばいいだろう?」
ジューンがそう言うと、葉月と長月がぷぅと膨れる。
「だって、マーチ、今日は任務があるから遊べないって言ってたもん!」
「オクトもマーチと一緒に行くって言ってたのじゃ!!」
「…………あ、そういえばそうだったな」
「だ、か、ら!!遊ぼうよ~!」
「わらわ達と遊ぶのじゃ~!」
ウルウルとした目で見つめられると、さすがに無視して帰る訳にはいかない。ジューンは今日何度目かのため息を吐いた。
「分かった分かった。少しだけだぞ」
「「わあい!!」」
「まったく……」
なんだかんだ言っても、純粋に嬉しがる二人に、ジューンは笑みを浮かべる。
「で?何をするんだ?」
「んとね!……かくれんぼ!!かくれんぼしよ!!」
「かくれんぼ!かくれんぼ!」
「………は?か、かくれんぼ!?この屋敷でか?」
「もちのろんよ!!」
「もちのろんなのじゃ!!」
霜月邸はリープ邸にくらべるとかなり大きい。しかも廊下は迷路のように入り組んでおり、ジューンのように滅多に訪れない客人は高確率で迷う。
しかも、それだけではなく、もし、自分が鬼になったら、屋敷内を熟知したこの二人を見つけ出さなければならないし、どちらかが鬼になったとしても、ジューンもどこに隠れたらいいか分からない。
この歳で迷子なんて……
とてもじゃないが誰にも言えないし、エイプリルに知られたくない。
ジューンが悶々としていると、葉月と長月が声を掛けた。
「じゃあ、ジューンが鬼ね!!」
「鬼なのじゃ!!」
「え?ち、ちょっと待て!!こういうのはじゃんけんとかで決めるんじゃないのか?」
「レディーファーストよ!!」
「れでぃふあすとなのじゃ!!」
「いやいや…使い所が違うから…」
「ほら!十数えて!!」
「きゃー!!隠れるのじゃ!!」
「あっ………ああ…仕方ないな…」
やれやれと前髪を掻きあげ、ジューンは近くの柱に向き、目をつむり数えはじめた。
……………………―
………………―
「十!……さて、探すか…」
目を開け、振り向こうとした時、再び声を掛けられた。
「ジューン…か?何をしている?」
「!?…………あ、如月様。お久しぶりです」
「ああ、久しいな。で?何をしているのだ?」
「あ……かくれんぼを……」
「かくれんぼ?……ああ、葉月と長月か。そういえば私の所にも来たな…そういう事か」
「そうなんですか……(如月様がかくれんぼ……なかなかシュールだな。見てみたい…)」
「……お前、今変な事考えただろ…」
「!?い、いえ……そんな事は………」
「ふむ……。まあ、迷子にはなるなよ…じゅあな」
「は、はい。……しかし、今日は色んな人に会うな。ま、いいか………さて、何処から行こうか」
そう言うとジューンは周りを見回し、目の前にある通路を歩いて行った。
「はあ……はあ……;おかしい……絶対におかしい!」
あれから数十分経った。ジューンは未だに二人を見つける事が出来ず、屋敷内をさ迷っていた。
「さっきから同じ所をグルグル回ってる感じがするんだが……気のせいだよな」
実は先程から、まったく景色が変わらないのだ。何処も同じ襖だらけで、しかも入ってみても同じ間取りの部屋なので、もう見た後の部屋なのかどうなのか分からない。
…ジューンの脳裏に恐れていた二文字が浮かぶ。
………迷子………
「………マジか……」
背中につー…って汗が伝う。一度引き返して…と振り返るも同じ景色。
「…そういえば、迷路を進む時は、左手を壁に付けて進めば迷わないって…………誰かが言ってたな……誰だっけ?」
少し考えた後、ジューンは試しに左手を壁に付けて歩き出した。
……………………―
………………―
暫く歩いていると、見覚えのある景色が広がる。
庭園だ。
「よし、ここまで戻れば……」
取りあえず一安心。壁に背を預け一呼吸置いていると、
「ジューンか?何をしている?」
「!!……あ、ああ…睦月か……(今日は色んな奴に遭遇するな…それにしても今日はビビってばかりだ)」
霜月の側近である睦月が声を掛けてきた。不思議そうな視線を投げかける睦月に、ジューンは苦笑いを返す。
「いや、葉月と長月にかくれんぼしようと言われてな」
「はあ……;またあいつらか…;仕方のない」
「また?」
呆れたような睦月のため息混じりの言葉に、ジューンは疑問を投げかける。
「あいつら、客人が来ると必ずかくれんぼに誘うんだ。迷う事前提で…」
「な、なに?」
「ジューン、お前は遊ばれたんだ」
「……く、くそっ!!あいつら……(怒)」
珍しく怒りを顔に出すジューンを、宥めるように睦月が言う。
「ジューン、あいつらは悪気はないんだ。遊んで欲しかったのは本当だし、それにお前なら付き合ってくれると思って誘ったんだろう。怒らないでやってくれ」
「………まあ、そうだろうな。根は悪い奴らじゃないしな…」
「しかし、悪気はないとは言え罪は罪。私がキッチリと説教しておく。お前はこのまま帰っていい」
「あ…ああ…。あんまりきつく叱るなよ?」
「……善処する。さ、玄関まで案内しよう。ついて来い」
「わ、悪い…」
はたして睦月が優しく叱れるか……謎と心配が残るが、これ以上ここにいても仕方がないと、ジューンは睦月の案内で屋敷を出たのであった。
こうして、ジューンの長い長いお使いは終わりを迎えた。
・・・おまけ
………………―
……………―
所変わってリープ邸。
「……た、ただいま…;;」
「あ、おかえりなさい!!………大丈夫?すごく疲れてるみたいだけど…」
屋敷の扉を開けると、エイプリルが出迎えてくれた。笑顔で駆け寄るも、ジューンのくたびれ具合に驚いたようだ。
「あ、ああ……エイプリル………俺、もうお使い嫌だ……」
「………?どしたの?何かあった?」
「後で話す……汗かいたし、シャワー浴びてくる……」
「う、うん………」
心配そうに見つめるエイプリルの頬に軽く口づけると、フラフラしながら自室に向かった。そんな彼の背中を見送っていると、リープとメイがやってきた。
「あら、エイプリル。ジューンは?」
「え?……あ、うん。すごく疲れてるみたい。今、シャワー浴びるって部屋に行ったよ」
「ふーん………リープ、やっぱりもう行かせない方がいいわ…」
「ふぅ……そうね。やっぱり師走様の相手はキツイかしら……」
「ま、あんな事があっちゃ、トラウマになるのは当然だわ」
「そうね……師走様だけじゃなく、葉月と長月にも捕まったらしいから…」
「お人よしなのよ……結局」
「お詫びに今夜のディナーはジューンの好きな物を作るわ」
「そうね…デザートも用意した方がいいわ」
「???」
エイプリルの言葉に、お気の毒ねと言うメイとやれやれといった表情のリープ。そして、さっぱり状況が飲み込めていないエイプリル。
その日のディナーはジューンの大好物ビーフシチューで、デザートはイチゴジェラートだったそうな。
そしてさらに次の日、霜月に連れられ、葉月と長月が謝りにきた。その二人の頭には大きめなコブが出来ており、可哀相に思ったジューンが二人を慰めたらしい。
まあ、なんだかんだ言って平和なんです。
END
《後書き》
今回はジューンを主役にしてみました。
いつもクールで寡黙な彼が、振り回されたらどうなるのか……というテーマで書いてみました。
師走との絡みで少し補足を。
ジューンは以前、メイとリープと一緒に霜月の所に行った時に、師走に拉致され襲われた(未遂)らしい。今回は霜月が助けられましたが、(その事件は霜月も分かっているので)その時は偶然、迷子になった文月に救われたそうです。そして二人でさ迷っていた所を霜月に助けて貰ったらしいです。(多分その後に、霜月は文月から師走とジューンの事を聞いたと思われます)
私の中のジューンはお人よしでノリのいいツッコミお兄さんです(笑)
寡黙でクールなジューンの意外な一面を!と書いたお話。
ちょっとした絡みがありますが、基本ギャグです。
ジューンのキャラ崩壊注意!?
「あ、ジューン。良いところに。ちょっといいかしら?」
「ん?何?リープ」
珍しく穏やかなある日、それは起こった。
ジューンの受難
「ここが霜月邸か」
風呂敷包みを手に、蒼い蝶の夢魔、ジューンが霜月の屋敷の前に立っていた。
理由は、リープにちょっとしたお使いを頼まれたからだった。
…遡る事、数十分前……
「え?師走さまに?」
「ええ、この大福を持っていってほしいのよ」
「ふーん……なぜ俺?」
「そこにいたからよ」
「いやいや…何で山に登るのか?そこにあるからさってノリで言われても…リープが行けばいいじゃないか」
「うーん、そうしたかったんだけど、これから用事があってね」
「じゃあ、別の日にすれば…」
「その大福、すぐ固くなっちゃうのよ。無添加だから」
「ふーん」
「じゃ、お願いね」
「え?お、おい!リープ!!…………はあ;」
このやり取りの後、リープは慌ただしく出かけていき、ジューンは包みを手に暫く固まっていたが、諦めたようにため息を付き、そのまま屋敷を出て今に至る。
「しかし、着のみ着のままで来てしまったが、正装のほうが良かったか…」
今のジューンは白い開襟シャツに青のベストにスラックスという、仕事の時とは違いラフな格好。リープ邸ならこの格好でウロウロしていても、誰も何も言わないが、はたして我等がボスの霜月の屋敷ではどうなのか。
今からでも、スーツと帽子を取りに戻ろうかと踵を返そうとするジューンだったが、何者かに呼び止められた。
「あら、ジューン。珍しいですね。どうしました?」
「!!……ふ、文月か。いや、師走さまにちょっとな…」
ジューンに声を掛けたのは、革製の防具と甲冑に身を包み、蒼い髪をお団子に結った女性、文月だった。
いつものように、癒し系オーラ漂うにこやかな微笑みを浮かべ、ジューンを見つめる。これでナイトメアで1、2を争う戦闘能力を持っているというのだから、人(?)は見た目では分からない。
一方のジューンは一瞬焦るが、文月だと知ると、安堵の息を吐き、来訪の趣旨を話す。
すると、すべて理解した文月はふんわりと微笑む。
「そうですか、師走さまに。私で宜しければご案内しましょうか?」
「いいのか?」
「はい。今、丁度鍛練が終わりましたので。さ、参りましょう」
「ああ、ありがとう」
「このお屋敷は複雑な構造をしていますから、お客様がよく迷子になるんですよ」
「そ、そうか…」
おそらく、霜月を護る為なのだろうが、客にしてみたらちょっとした巨大迷路だ。しかも、一度迷うと長時間さまよう事になるらしい。
「かく言う私も、この前久しぶりに迷ってしまいまして……ふふっ」
「は、はは……っていやいや、笑い事か?だ、大丈夫なんだろうな…?」
「ご心配無く。大丈夫ですよ………………多分」
「多分!?」
「冗談です(笑)」
「……;;」
のほほんとした文月に若干不安を感じながら、ジューンは大人しく付いて行った。
文月に連れられ、暫く曲がり角の多い長い廊下を歩くと、黒地に金の装飾を施した襖が見えた。
「着きましたよ」
「……す、すごく分かりやすいな」
「師走様らしいですよね。では、私はこれで…」
「あ、ああ。ありがとう、文月」
文月は軽く会釈すると去って行った。ジューンはその後ろ姿を見送ると、襖を軽く叩いた。
「師走様」
「……どなた?」
「ジューンです。リープの使いで来ました」
「…あら、リープの…。……どうぞ…」
その言葉を確認し、ジューンは襖を静かに開いた。
そこにはキセルを吹かし、妖艶な笑み浮かべる女性…師走が座っていた。
「ふふ、久しぶりねぇ…」
「お久しぶりです。師走様」
「さあ、いつまでもそこに立っていないで……こっちにいらっしゃい…」
「は、はい…」
実はジューン、師走が大の苦手。以前、襲われかけた事があり危うく貞操を奪われそうになったのだ。
その時を思い出し、若干緊張しながら師走の元に歩み寄る。
「あの……これを」
「ふふ………お座りなさいな」
「あ、はい……あのこれ…」
どうぞ…と言う前に、眼前に師走のドアップの顔があり、ジューンは顔を引き攣らせのけ反る。
「ふふ………相変わらず綺麗な顔…」
「あ、あの………;;」
「そんなに怯えなくてもいいのよ?」
「は、はあ…(いや、あんた前科があるだろう!?)」
「………可愛い……」
「………!?」
師走はジューンが無抵抗なのをいい事に、のしかかり彼の顔を白魚のような指で撫でる。
ジューンの顔にぶわっと冷や汗が流れる。
「し、師走様、ち、ち、近いと思います…」
「ふふふ……そうね。近いわね……」
「は、離れていただけますか?」
「あらあら……ずいぶんと怖がられてるみたいね」
言葉とは裏腹に楽しそうに笑う師走に、ジューンの血の気がサーって引いていく。この状況は………………………かなりヤバい!!
以前もこの妖笑を浮かべた後、押し倒されたのだ。
そして……思い出すのも恐ろしい!!
ギュッとジューンが目をつむると肩に手を乗せ、膝に重みを感じた。そして、師走から漂う白粉の匂いがふわりと鼻を掠める。どうやら完全にジューンに乗りかかっているようだ。
「し、師走様」
「綺麗な髪ね。蒼い絹糸みたい……」
「……っ」
「甘い……甘い香りね、貴方は。まるで沢山の蝶を魅了する花…」
「……………っ」
「……男は……我慢しちゃダメよ…」
「…………師走…様っ」
「欲には忠実にならなきゃ……」
師走はそう言うと、ジューンの耳元に唇を寄せた。
と、その時、
「師走、居ますか?」
心地好い透き通る声が聞こえた。この声にジューンは聞き覚えがあった。
霜月だ。
た、助かった………!!ジューンは安堵から少し涙ぐむ。
「あらあら……伏兵?残念…」
「あ、あの。下りていただけますか?師走様」
「はいはい……もう少しだったんだけど………」
と呟くと、師走は離れていった。が、ふいに再び耳元に唇を寄せ、ふっと息を吹き掛ける。
思わずびくりと震えるジューンの様子にクスリと笑い一言。
「………その顔…そそるわね……とことん虐めたくなっちゃうわ…」
「…………いっ!!?」
ジューンの反応に気を良くした師走は彼の耳たぶを優しく噛み、ぺろりと舐める。
「し、師走様!!いい加減にしてくださいっ!!」
「ふふふ………続きはまた今度………ね」
「!!つ、続きなんてありませんっ!!」
「ふふふふ………」
じゃあ有り難く戴くわねと風呂敷包みを手に取り、くすくすと笑う師走を睨みながら、ジューンは噛まれて舐められた耳たぶを抑える。
一方、いつまで経っても出てくる気配のない師走に、霜月が声を掛けた。
「師走?どうしたんですか?」
「ああ、霜月。お入りなさいな」
「はい、失礼します………あらジューン、いらしてたんですね。こんにちは」
「あ、はい。霜月様、お久しぶりです」
「どうしました?顔色が悪いみたいですけど……」
「!い、いえ。じゃあ、俺はこれで……」
慌てて部屋を出ていくジューンを見送った霜月は、ため息をついて師走を見遣る。
「師走、悪ふざけが過ぎますよ」
「……あら、私はふざけてなんていないわ」
「余計いけませんよ。彼は純粋で一途なんです。もう、ちょっかいをかけてはいけませんよ?」
「………はいはい」
「………もう……仕方のない方ですね…」
自分が去った後、このような会話が成されていた事は、ジューンは知るよしもない……。
「はあ……酷い目にあった…」
ほんの数十分いただけなのにどっと疲れる。
髪を掻きあげ、耳たぶをさすりながら廊下を歩いていると、
「ああ!!ジューンだあ!!」
「ジューンなのじゃ~!!」
よく知る少女の声にジューンは、声がしたほうを見る。そこには長い銀髪ツインテールにゴスロリ風の丈の短い着物の少女と、緑髪のこちらも長いお下げに、巫女衣装を模したものを着た少女の姿があった。
「葉月と長月」
「なにしてんの?」
「なにをしてるのじゃ?」
「あ~いや、リープの使いでな。もう帰るから…」
片手をあげ、立ち去ろうとするジューンだったが、ふいに服を引っ張られた。
「!?な、なんだ?」
「え~!!帰っちゃうの?」
「つまらないのじゃ!!」
「つ、つまらないって言われてもな…」
「あそぼ~よ~!!」
「あそぶのじゃ!!」
「はあ?……なんで俺が………マーチとオクトと遊べばいいだろう?」
ジューンがそう言うと、葉月と長月がぷぅと膨れる。
「だって、マーチ、今日は任務があるから遊べないって言ってたもん!」
「オクトもマーチと一緒に行くって言ってたのじゃ!!」
「…………あ、そういえばそうだったな」
「だ、か、ら!!遊ぼうよ~!」
「わらわ達と遊ぶのじゃ~!」
ウルウルとした目で見つめられると、さすがに無視して帰る訳にはいかない。ジューンは今日何度目かのため息を吐いた。
「分かった分かった。少しだけだぞ」
「「わあい!!」」
「まったく……」
なんだかんだ言っても、純粋に嬉しがる二人に、ジューンは笑みを浮かべる。
「で?何をするんだ?」
「んとね!……かくれんぼ!!かくれんぼしよ!!」
「かくれんぼ!かくれんぼ!」
「………は?か、かくれんぼ!?この屋敷でか?」
「もちのろんよ!!」
「もちのろんなのじゃ!!」
霜月邸はリープ邸にくらべるとかなり大きい。しかも廊下は迷路のように入り組んでおり、ジューンのように滅多に訪れない客人は高確率で迷う。
しかも、それだけではなく、もし、自分が鬼になったら、屋敷内を熟知したこの二人を見つけ出さなければならないし、どちらかが鬼になったとしても、ジューンもどこに隠れたらいいか分からない。
この歳で迷子なんて……
とてもじゃないが誰にも言えないし、エイプリルに知られたくない。
ジューンが悶々としていると、葉月と長月が声を掛けた。
「じゃあ、ジューンが鬼ね!!」
「鬼なのじゃ!!」
「え?ち、ちょっと待て!!こういうのはじゃんけんとかで決めるんじゃないのか?」
「レディーファーストよ!!」
「れでぃふあすとなのじゃ!!」
「いやいや…使い所が違うから…」
「ほら!十数えて!!」
「きゃー!!隠れるのじゃ!!」
「あっ………ああ…仕方ないな…」
やれやれと前髪を掻きあげ、ジューンは近くの柱に向き、目をつむり数えはじめた。
……………………―
………………―
「十!……さて、探すか…」
目を開け、振り向こうとした時、再び声を掛けられた。
「ジューン…か?何をしている?」
「!?…………あ、如月様。お久しぶりです」
「ああ、久しいな。で?何をしているのだ?」
「あ……かくれんぼを……」
「かくれんぼ?……ああ、葉月と長月か。そういえば私の所にも来たな…そういう事か」
「そうなんですか……(如月様がかくれんぼ……なかなかシュールだな。見てみたい…)」
「……お前、今変な事考えただろ…」
「!?い、いえ……そんな事は………」
「ふむ……。まあ、迷子にはなるなよ…じゅあな」
「は、はい。……しかし、今日は色んな人に会うな。ま、いいか………さて、何処から行こうか」
そう言うとジューンは周りを見回し、目の前にある通路を歩いて行った。
「はあ……はあ……;おかしい……絶対におかしい!」
あれから数十分経った。ジューンは未だに二人を見つける事が出来ず、屋敷内をさ迷っていた。
「さっきから同じ所をグルグル回ってる感じがするんだが……気のせいだよな」
実は先程から、まったく景色が変わらないのだ。何処も同じ襖だらけで、しかも入ってみても同じ間取りの部屋なので、もう見た後の部屋なのかどうなのか分からない。
…ジューンの脳裏に恐れていた二文字が浮かぶ。
………迷子………
「………マジか……」
背中につー…って汗が伝う。一度引き返して…と振り返るも同じ景色。
「…そういえば、迷路を進む時は、左手を壁に付けて進めば迷わないって…………誰かが言ってたな……誰だっけ?」
少し考えた後、ジューンは試しに左手を壁に付けて歩き出した。
……………………―
………………―
暫く歩いていると、見覚えのある景色が広がる。
庭園だ。
「よし、ここまで戻れば……」
取りあえず一安心。壁に背を預け一呼吸置いていると、
「ジューンか?何をしている?」
「!!……あ、ああ…睦月か……(今日は色んな奴に遭遇するな…それにしても今日はビビってばかりだ)」
霜月の側近である睦月が声を掛けてきた。不思議そうな視線を投げかける睦月に、ジューンは苦笑いを返す。
「いや、葉月と長月にかくれんぼしようと言われてな」
「はあ……;またあいつらか…;仕方のない」
「また?」
呆れたような睦月のため息混じりの言葉に、ジューンは疑問を投げかける。
「あいつら、客人が来ると必ずかくれんぼに誘うんだ。迷う事前提で…」
「な、なに?」
「ジューン、お前は遊ばれたんだ」
「……く、くそっ!!あいつら……(怒)」
珍しく怒りを顔に出すジューンを、宥めるように睦月が言う。
「ジューン、あいつらは悪気はないんだ。遊んで欲しかったのは本当だし、それにお前なら付き合ってくれると思って誘ったんだろう。怒らないでやってくれ」
「………まあ、そうだろうな。根は悪い奴らじゃないしな…」
「しかし、悪気はないとは言え罪は罪。私がキッチリと説教しておく。お前はこのまま帰っていい」
「あ…ああ…。あんまりきつく叱るなよ?」
「……善処する。さ、玄関まで案内しよう。ついて来い」
「わ、悪い…」
はたして睦月が優しく叱れるか……謎と心配が残るが、これ以上ここにいても仕方がないと、ジューンは睦月の案内で屋敷を出たのであった。
こうして、ジューンの長い長いお使いは終わりを迎えた。
・・・おまけ
………………―
……………―
所変わってリープ邸。
「……た、ただいま…;;」
「あ、おかえりなさい!!………大丈夫?すごく疲れてるみたいだけど…」
屋敷の扉を開けると、エイプリルが出迎えてくれた。笑顔で駆け寄るも、ジューンのくたびれ具合に驚いたようだ。
「あ、ああ……エイプリル………俺、もうお使い嫌だ……」
「………?どしたの?何かあった?」
「後で話す……汗かいたし、シャワー浴びてくる……」
「う、うん………」
心配そうに見つめるエイプリルの頬に軽く口づけると、フラフラしながら自室に向かった。そんな彼の背中を見送っていると、リープとメイがやってきた。
「あら、エイプリル。ジューンは?」
「え?……あ、うん。すごく疲れてるみたい。今、シャワー浴びるって部屋に行ったよ」
「ふーん………リープ、やっぱりもう行かせない方がいいわ…」
「ふぅ……そうね。やっぱり師走様の相手はキツイかしら……」
「ま、あんな事があっちゃ、トラウマになるのは当然だわ」
「そうね……師走様だけじゃなく、葉月と長月にも捕まったらしいから…」
「お人よしなのよ……結局」
「お詫びに今夜のディナーはジューンの好きな物を作るわ」
「そうね…デザートも用意した方がいいわ」
「???」
エイプリルの言葉に、お気の毒ねと言うメイとやれやれといった表情のリープ。そして、さっぱり状況が飲み込めていないエイプリル。
その日のディナーはジューンの大好物ビーフシチューで、デザートはイチゴジェラートだったそうな。
そしてさらに次の日、霜月に連れられ、葉月と長月が謝りにきた。その二人の頭には大きめなコブが出来ており、可哀相に思ったジューンが二人を慰めたらしい。
まあ、なんだかんだ言って平和なんです。
END
《後書き》
今回はジューンを主役にしてみました。
いつもクールで寡黙な彼が、振り回されたらどうなるのか……というテーマで書いてみました。
師走との絡みで少し補足を。
ジューンは以前、メイとリープと一緒に霜月の所に行った時に、師走に拉致され襲われた(未遂)らしい。今回は霜月が助けられましたが、(その事件は霜月も分かっているので)その時は偶然、迷子になった文月に救われたそうです。そして二人でさ迷っていた所を霜月に助けて貰ったらしいです。(多分その後に、霜月は文月から師走とジューンの事を聞いたと思われます)
私の中のジューンはお人よしでノリのいいツッコミお兄さんです(笑)
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