お別れと女神



…その瞬間(とき)は刻一刻と近づいている…







春になった。

桜もぼちぼち咲きはじめ、僕が住んでいるアパートにも、新しい入居者が来たり、反対に出ていったりと著しい変化が起きていた。
変化と言えば、ニコルの様子も少しずつだが、変わった。いつものように明るく振る舞っているかと思うと、ぼんやりと空を眺めるようになった。
僕はそんなニコルの様子を見て、近づいていると悟る。


……彼女が天に帰る日が………



いつからだろうか、ニコルを意識し始めたのは。
一緒にいられたら、となりで笑っていてくれたらと願うようになったのは。
家に帰るのが楽しみになっていたのは。


…彼女を、ニコルを好きなんだと自覚したのは………


最初は一年面倒みないといけないのか…とうんざりしていたが、ニコルがあまりにも純粋で素直で、優しくて……いつの間にか僕の生活に欠かせない存在になっていた。そんな彼女とも、そろそろお別れなのだ……永遠に。

主として、ニコルが一人前の女神になることを喜ばなければならない。


(……せめて笑顔で送り出してやらないとな……)


僕には正直自信がなかった。未練を残さない自信が。引き止められない、引き止めてはいけない……分かってはいるんだ。でも、何万分の一の可能を信じる自分がいて。
女神となったニコルはおそらく、僕の事は忘れてしまうだろう。きっと。



【ニコル視点】


春が来ました。
主と出会った季節が。もう一年経ってしまったのですね。
私は女神になるためにここに来ました。最終試験のために。私はふと、他の女神の言葉を思い出しました。

『人間はどこまでも貪欲で愚かなのよ』

『お金だの女だの…下らない』

『あんな所、二度とごめんだわ』


…そうでしょうか……。
今の私はそうは思いません。だって、主は優しくて博学で、欲などないのではと思うほど清らかで。
もしかしたら、私は恵まれていたのかもしれません。教えていただいた沢山の知識や数えきれない思い出。きっと私は忘れないでしょう。たとえ主が忘れてしまっていても……。

もし、もし主が『行くな』と言ってくれたら。
引き止めてくれたら。
私は…………。


ふぅ……無理ですよね。それに、一人前にならなければ、主に申し訳なさすぎます。


……主、一年間ありがとうございました。今日、天に戻ります。


さようなら…………主。

大好きです。いえ………



―愛しています―






***************

――‐

突然だった。

朝起きたら、ニコルはどこにも居なかった。

昨日はいつものように話をして買い物に行き、食事をして…………いつも通り就寝した。
翌朝、僕がふと起きてみると、整えられたベッドの上にはきちんと畳まれた、彼女が着ていたパジャマ。その上に手紙が乗っていた。



《主へ》

勝手に居なくなってしまい、申し訳ありませんでした。顔を合わせてしまうと、別れがたくなってしまいそうで辛くて。
失礼とは思いましたが、私の気持ちを手紙に託して行くことにします。

主、私は主に出会った事を神に感謝していました。
人間とは貪欲で、愚かなものと聞いていたので、初めは不安で仕方がなかったのです。でも、主はいきなり転がり込んできた私を、暖かく迎えて下さり、沢山の事を教えていただき、体験させていただきました。
素敵な思い出も沢山、私の心の中に収まり切れないほどに。

赦されるのであれば、このまま主と共にこの世界で暮らしたい……そう思いはじめていました。ですが私は女神、そのような願いは叶う訳ありません。
なのでせめて、一番伝えたかった私の気持ちを、ここに記します。


―主、貴方を愛しています―




最後に、主の一番の願いは、すでに叶えてあります。恐らく、近いうちに実現するでしょう。

どうか、どうか幸せに。

大切な貴方へ、感謝と幸福を願って。


ニコル



……なんだよ……

言い逃げなんて卑怯だ!!僕の気持ちは無視かよ!
どこに行けばいいんだよ。僕のこの気持ちは……君への想いは………。


僕はその日は、一日中泣いた。
二度と会えない、
愛おしい彼女を想って……






もう聞こえない声。

触れることが出来ない手。

見える事のない姿。

なのに一緒に過ごしたこの部屋には、君があまりも溢れすぎて……。





END

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